正直に言えば、ギルドシステムの話を進めながら、私の中にはずっと怖さがありました。
クエスト、経験値、ゴールド、ランキング、アバター。
言葉だけ並べてしまえば、どう見てもポイント制度に見えます。
仕事をこなしたら点が入る。点が貯まれば評価される。ゲームっぽい見た目をした社内インセンティブ制度。そう受け取られても仕方がないかもしれませんし、私自身も最初から完全に割り切れていたわけでもありません。
「これで本当に会社の行動は良い方向に変わるのか」
「ポイントを取りにいく人を増やすだけにならないか」
「見えやすい人だけが評価される仕組みにならないか」
創業合宿でも、「ポイントを稼ぐ行為はしないでください」と、私はかなり強めに言いました。
そこを間違えると、この仕組みは一気に痩せると思ったからです。
自分の給料のために、ギルドから仕事をペリッと剥がして、ポイントだけを取りにいく。そうなったら、本当のRPGの冒険者みたいになってしまいます。
これは仕事の先にお客様がいるのではなく、報酬の先に仕事がぶら下がる状態です。
私が作りたかったのは、そんなものではありません。
ギルドシステムで見たかったのは、誰かの行動がお客様のアウトカムにつながった事実です。相手の判断が早くなった。現場の迷いが減った。運用が少し回り始めた。見えなかった貢献が、次の仕事に活きる形で残った。そういう変化を、会社として見つけられるようにしたかったのです。
ポイント制度が怖いのは、数字が見えることです。
数字が見えると人は比べ始めます。誰が何件こなしたのか。誰が手を挙げたのか。誰が目立っているのか。最初は小さな可視化のつもりでも、いつの間にか「関与した感」の競争になります。
会議でも、すぐに「やります」と言える人がいます。場の空気が少し明るくなりますし、頼もしくも見えます。一方で、すぐには手を挙げない人もいます。やる気がないわけではありません。納期、品質、お客様への影響、自分の今の負荷。頭の中でそれを組み直しているだけかもしれません。
ポイントだけを見ると前者が強く見えますが、アウトカムで見ると話はそこまで単純ではありません。
仕事で評価したいのは、手を挙げた瞬間だけではないからです 。その仕事を何故受けたのか、どこで迷ったのか、どんな判断をしたのか、誰と調整したのか。最後に相手の現場に何が残ったのか。
そこまで見ないと、仕事の価値はかなり零れ落ちてしまいます 。
ここで言う評価対象は、単なる結果ではなく「やった」「終わった」「関与した」というフラグでもありません。
見たいのは成果に至るまでの文脈で、どのような状況下で何を選択し、何を捨て、どこまでやり切ったのか。その一連のストーリーの中に、その人の仕事の精度が出ます。
中尾が幹部会で話していた「関与するフラグだけを当てにいく人が増える怖さ」は、かなり生々しい指摘でした。仕事の精度を抜きにして、関与したことだけが前に出る。積極的に見える人と、成果ベースで慎重に動く人の差が、変な形で開いていく。
会社の制度は、見え方を間違えると、人の行動を簡単に歪めます。
ポイント制度は、どうしても「見えやすい行動」に評価が寄ってしまいますが、ギルドシステムで本当に見たいのはそこではありません。
関与の有無ではなく、どんな文脈で関与して、どんな成果に繋がったのか。
件数ではなく、仕事の選び方。
反応の速さではなく、相手の現場に残った変化。
ここは、私が一番慎重になったところで、見誤るとただの声の大きい人が勝つ仕組みとなります。
ギルドシステムをポイント精度で終わらせないだめには、数字の裏にある仕事のストーリーを見に行く必要があります。
成果は最後の結果だけに宿るものではなくて、そこに至る判断と実行の積み重ねまで見て、ようやく仕事の価値が見えてくるのだと私は思います。
一方で、報酬や演出を全部なくせばいいとも思いませんでした。
クエストを完了したら、少し嬉しい。
レベルが上がる。
音が鳴る。
見た目が変わる。
誰かに見てもらえた感じがする。
こういうものを、私は大切にすべきだと思っています 。
仕事は合理性だけでは続かず、特に地味で、面倒で、誰かが拾わないと詰まる仕事ほどそうです。
退勤前に残った小さなタスクや誰も触っていない確認作業。
お客様からの曖昧な相談を、いったん整理して置き直す仕事。
懇親会としてのピザパーティーで、注文を纏める役目。
派手でもないし、評価もしにくいです。けれども、そこが止まると後ろの人が困ります。お客様の判断も遅れます。懇親会も開催できません。
そういう仕事に、少しでも手が伸びる設計は必要ですが、順番を間違えてはいけないと思いました。
先にあるのは報酬ではなくて、アウトカムです。
報酬は人を釣るための餌ではなく、会社として「この行動には価値がある」と示すための印。演出は、演出は、仕事をごまかす飾りではなく、終了後に「ちゃんと前に進んだ」と思える感覚を、少しだけ残すためのもの。
ここは今もかなり繊細だと思っていて、やりすぎるとゲームになり、削りすぎるとただの管理表になってしまう。
その間を探したかったのです。
ギルドマスターの話をしていたとき、ギルドマスター本人が「重みがわかってきた」と言っていました。
この役割はクエストの棚卸し係でも、社員を盛り上げるイベント係でもなく、また、誰に何点つけるかを処理する人でもありません。
このギルドでは、何を価値ある挑戦として扱うのか。どこに報酬を乗せるのか。どんな行動を育てたいのか。何を、誰かの善意に預けっぱなしにしないのか。そこに方針を持つ人ですが、ただ、これも簡単ではありません。
優しくしすぎると、面倒な仕事が残ります。
厳しくしすぎると、人が離れます。
自律性を大事にしすぎると、一部の人に負荷が寄ります。
指名を増やしすぎると、ギルドらしさがなくなります。
私はこの点を、単純には整理できないと思っています。
人に任せる以上、揺れます。判断も割れます。不満も出るはずです。それでも、ギルドマスターには点数ではなく、方針を持ってほしい。このギルドで何を価値と呼ぶのかを、自分の言葉で持ってほしい。
それは私が決めたことです。
もう一つ、避けられなかった論点があります。
誰もやらないクエストが出たらどうするのか。全部を自発性だけで回せたら美しいです。
でも、現場はそれだけでは回りません。
緊急度の高い仕事があります。
誰かが拾わないと、お客様に影響が出る仕事があります。
放っておくと、ギルド全体が傷む仕事があります。
だからといって、「本人が手を挙げるまで待つ」だけでは済まない場面もあります。
一方で、最初から指名や評価連動で動かすと、ギルドシステムはただの業務配分になってしまいます。
「これをやってください」
「あなたが担当です」
「評価に入ります」
それだけなら、わざわざギルドと呼ぶ必要はありません。
私が大事にしたかったのは、まず「自分から参加したくなる状態」をつくることです。
それでも残る仕事があれば、報酬の置き方を見直す。必要であれば、誰かにお願いする。緊急度が高ければ、会社として担当を決める。ただ、それを最初の動かし方にはしたくありませんでした。
最初から「誰にやらせるか」で考えると、ギルドシステムはただの業務配分になってしまうからです。
数値を使うと誤解されます。
ポイント制度に見える。ランキングに見える。人を比べる仕組みに見える。
それでも、私が数値や記録を捨てたくない理由はシンプルで、見えないものは救えないからです。
各クエストの開始状況や進め方が追いづらいと、進捗報告だけでは足りません。途中の迷い、判断、前提まで見えないと、どこで詰まっているのかがわかりません。詰まりが見えないと、支援が遅れます。支援が遅れると、本人の努力だけで抱えることになります。それが続くと、頑張る人ほど疲れていきます。
私は、そこを避けたいです。
数値は、人を並べるためだけに使うものではなく、仕事の詰まりを早く見つけるために使えます。見えにくい貢献を残すために使えます。うまくいった行動を、次の人が再現するためにも使えます。
競争のための数字ではなく、支援のための数字にする。これは、かなり意識して設計しないと崩れます。
放っておくと、数字はすぐに競争の顔をします。
繰り返しますが、ギルドシステムはポイントを稼ぐ制度ではありません。
私が作りたいのは人を競わせる仕組みでもありません。
でも、人の頑張りが見えないまま流れていく会社にもしたくありません。
誰かの小さな判断。
地味な引き受け。
誰にも気づかれにくい確認。
お客様の現場が止まらないように、先に拾ったひと手間。
そういうものが、ちゃんと会社の資産となって、次につながる会社にしたいです。
アウトカムは納品物ではなく、相手の業務、判断、行動、状態が、望ましい方向に変わったという事実です。
その変化を起こした行動を、会社として見つけ、見つけたらちゃんと残したい。
残したものを、次の人が使えるようにしたい。
ギルドシステムは、まだ完成品ではありませんし、この先も何度も修正すると思います。
ポイント制度に見えてしまう瞬間もあるはずです。
運用してみて、違和感が出る場面もきっと出ます。
それでも私は、この仕組みを回していきます。
きれいごとだけでは、現場は回らず。
きれいごとを捨てすぎると、人の動きは痩せていく。
その間で、仕事と人の関係をもう一度組み直す。
ギルドシステムは、私たちにとってそのための試行錯誤です。
単なるポイント制度にしないこと。これだけは最初に決めておきたいと思っています。