悲鳴を上げているのは人間
私のことを木枯し紋次郎でご記憶の方もおられるかもしれませんが、本日は環境の話をさせていただきます。タイトルは『地球の悲鳴』ですが、地球は46億年前からずっとあるわけで、人間がアフリカに誕生したのが約16万年前。人間が地球上に存在しているのは、地球の歴史から見れば瞬きのような瞬間です。その人間が、地球上で勝手なことを行ったため環境破壊が進み、他の生物とともに絶滅の危機に瀕している。つまり存続が危ないと悲鳴を上げているのは人間の方なのです。
環境問題は端的に言うと経済の問題であり、環境と経済の主従関係を誤っているところに問題があります。一番大切なのは生命体を維持する生態系の存在です。ところが経済がすべてになり、その中に環境があると考えてしまう。これが現在の環境問題の捉え方です。「経済ありき」の考え方を変えずに環境問題を何とかしようとしても、こういうご都合主義的な考え方では解決はありえません。人を不幸にしている状況が現実なら、その根本を変えようとしない限り大変なことになります。現在、同志社大学大学院で環境社会学を講義していますが、本日はその90分授業14回分をダイジェスト版にしてお話ししたいと思います。
経済の歴史
歴史を振り返ると、経済はある時期を境に急激に膨張しています。第一次ビッグバンは約500年前の大航海時代です。1488年、ヨーロッパの船が初めてアフリカの喜望峰へ行き、コロンブス、バスコ・ダ・ガマ、マゼランと、人々が世界というものを捉えられるようになりました。これはまた、新しい富の発見でもありました。スペイン、ポルトガルが先導して植民地化を行い、貴金属や香辛料を国へ持ち帰ったのです。1600年代になるとオランダ、イギリス、フランスも参加し、圧制と暴力で支配する形ができ上がりました。モノだけでなく人間も奴隷として略奪しました。
次の第二次ビッグバンは1770年代中盤から後半にかけて、イギリスで起きた産業革命です。これまで手仕事で行ってきたものを機械を動かして生産するという、現在の大量生産、大量流通、大量消費社会の始まりでした。この時から、植民地に求めるものが変わりました。機械を動かすエネルギー、化石燃料、原材料、こうしたものの争奪戦が始まります。この戦いの中に新興国アメリカ、そして、ロシアが参加して植民地争奪戦が展開されました。
19世紀後半、そこに新たに参加したのが日本、ドイツ、イタリアです。遅れてきたこの3ヵ国が先進国に追いつけ追い越せということで争いに参加し、第二次世界大戦に発展したわけです。その中でも最も重要だったのは石油でした。今日もそうですが、石油なしに社会は成り立ちません。第二次世界大戦後にアメリカが工業国家、経済大国として抜きん出ることができたのもアメリカが石油産出国であり、同時に海外の石油利権を押さえたからです。つまり第二次世界大戦は石油を巡る戦争だったと言えます。
イラク戦争も石油
イラク戦争も原因は石油です。アメリカは国内の石油をすでに1970年代までにほとんど掘り尽くしてしまったので外国の石油の利権を確保しなければなりませんでした。現在、世界で埋蔵量が多いのはサウジアラビア、イラク、イランで、3国で採掘可能な全埋蔵量のほとんどを占めています。アメリカはまずサウジアラビアを手なずけ、王族を抱き込んでそこに米軍基地を置きました。これがアルカイダを生んだ原因です。異教徒がイスラムの地に軍事基地を置くのは許せない、それが理由でサウジアラビアにアルカイダが生まれ、世界に分散してイスラム原理主義運動を展開しているのです。
イランもパーレビという親米の国王がいましたが、ホメイニ革命で転覆され、アメリカは石油利権を失いました。このためアメリカはイランを攻撃する口実を探しています。イラクに対しても、最初はフセインを支援し、イランと戦争をするようたきつけましたが、フセインが言うことをきかなくなったので攻撃したのです。イラク戦争は最初からアルカイダとは何の関係もない、アメリカによる一方的な侵略です。この基本にあるのが、石油のためなら他国はどうなってもいいという経済優先の考え方なのです。
私は1985年頃、アメリカ海兵隊の取材でカリフォルニアの砂漠地帯へ行きましたが、そこで海兵隊が実弾演習をしていました。当時から中東での侵略戦争の準備をしていたのです。現在、中国では新疆ウイグル自治区で紛争が起きていますが、それも中国の石油の3分の1がそこにあるためです。しかし、政治家もマスコミも民族問題などといって真実は伝えません。結局、物欲です。アフガニスタンも中央アジアからの天然ガスのパイプラインがあるからアメリカは固執している。戦争は経済が原因なのです。
世界では戦争反対を唱えた反戦運動が行われたりしていますが、それでも戦争はなくならず、紛争は頻発しています。これは戦争が経済のために行われ、戦争自体が経済戦略の中に組み込まれているからだ、ということを理解するべきです。
お金が神?
経済とは抽象的な数値の世界で、お金がすべてということ、近代とはそういう時代です。
さて、今起きているのが第三次ビッグバンの後遺症です。実物経済は、物を作り、貿易として輸出するという経済ですが、ある程度まで来るとこれは頭打ちになります。アメリカが典型的な例で製品が売れなくなり赤字が増える。そのため実物経済に代わる新しい経済を発明しないといけない。そこで1980年代になると金融経済が主役として登場しました。
これは基本的には博打経済です。デリバティブという金融派生商品や金融工学という怪しげな学問。これらは全くでたらめです。1997年にノーベル賞を受賞した金融工学専門の学者は、大手投資会社の重役でもありました。翌年その会社は倒産します。もともとが博打だったのを無理やり学問にしたのだから仕方のないことです。しかし、基本的に博打ですから常にバブルを起こさないと続きません。うまくいかなくなると不正と腐敗が起きます。ウォール街の平均年収は6,000万円ですからパンクするのは当然です。
社会主義化したアメリカ
1992年、アメリカの会計監査会社が粉飾決算をし、それが株暴落の引き金となりました。金融界は、それでも懲りずにインチキ商品を作り、世界中をだましました。これがサブプライム問題です。そして虚業の世界がメインになったアメリカでは昨年から次々と大企業が倒れ、銀行、証券会社、自動車会社が国有化されていきました。これはアメリカの資本主義の終焉、アメリカが社会主義になったということを意味しますが、皆さんは気づいているでしょうか。最も成熟した市場原理主義の資本主義国家がパンクして社会主義となり、そして中国が国家資本主義に転じている奇妙な状況が今まさに世界で起きているのです。
これが経済を唯一の神と崇め奉り、社会主義、資本主義と言いつつ実は経済成長がすべてとして邁進してきた近代世界のなれの果てです。
人口と経済
ここで人口について考えてみましょう。世界人口は、約1万年間ほぼ5億人で横ばいでした。急増したのはここ220年間、18世紀の産業革命以降です。人口5億人で横ばいだった1万年間は、農業中心で、すべて手工業でした。人間が動物として自然と共生しながら、純粋に循環型の社会を営んでいました。逆に言えば、自然の恵みの中で生きていくには、世界人口は5億人くらいが適当だったということです。産業革命以後、生活環境の利便性が進み、食べ物も大量に生産されるようになり、それによって人口は急増したのです。
また、経済学が学問として登場したのも産業革命以後です。それまでは、金儲け、給料、分配という話は学問ではなく、むしろ倫理学や社会学、哲学の一部だという社会的通念がありました。しかし、1820年代にオックスフォード大学で経済学が生まれ、人々が経済を神よりも大きな存在と崇めるようになったのはそれからです。
しかし、生態系において1つの生物種が大量発生することは絶滅への近道で、生物学的にそれは公理となっており、人間だけ例外のはずはありません。世界人口は、2050年には90億人になると言われていますが、すでに今でも9億人が飢餓状態にあります。日本では想像できないでしょうけれど、これほど大量の人々が飢餓状態になるのは人類史上初めてのことです。この惨状は、経済が大きければ大きい程良いという原理によりもたらされます。経済では膨張は善です。賃金が安くなるから労働者は多い方がいい。消費者もたくさん必要。そうなると人口増は善です。しかし、その結果3つの大きな間違いが生じました。
現状分析
1つ目の間違いは、増えた人口が沿岸部に集まり、世界人口の4割が大都市とその周辺に集中したことです。これは農業や森林とは隔離された人工的な空間であり、環境が悪化し、貧富の格差が開き、競争が熾烈になり極めて非人間的な社会となります。こういう暮らしでは人は幸せにはなれません。自然がないから極めて不自然な暮らしになります。
2つ目は経済成長のために絶えず戦争が起きることです。マネー・ゲームが崩壊すると、その先は戦争しかないという論理になるからです。1929年に世界恐慌が起き、それから3年かけて株価が暴落しました。それが元の水準に戻ったきっかけは、第二次世界大戦だったという不気味な事実があります。現在の不況でも、政治家が安易に戦争に走ることがないよう、我々は緊張感を持って監視しなければなりません。
そして3つ目は、経済学の基本が間違っていたことです。資源を利用することは、今までの経済学の勘定では所得でした。ただでもらって無料、という計算です。しかし資源は使えば減りますから、本来はマイナスです。環境汚染が起これば、それに対処する費用も必要で、本来であればマイナスに計上しなければいけないのに経済学ではゼロです。環境は汚し放題であるのに、帳簿上の利益だけを見て、経済成長だ、利益が出たという計算です。しかし、現実はマイナスが積み重なり、生命環境が危うくなってきています。ですから、こうしたものをマイナス計算とする経済学を作り直さないといけません。
循環型社会を目指して
地球温暖化は差し迫った問題です。過去100年間に0.74度平均気温が上がり、すでに大変なことが起きています。日本にいると実感はないかもしれませんが、世界を見るとどんどん砂漠が広がっています。いまや陸上の35%が砂漠化し、世界人口の4割が水不足に直面しているのです。
世界の森林地帯は東南アジア、インドネシア、アマゾンに集中していますが、そこではものすごい勢いで森林破壊が行われています。投資家達が経済を優先しているためですが、森林は保水能力を発揮するために極めて重要であり、森がなくなると水が枯れます。水は生命の根源なのです。経済という神様のために、人間自身が窮地に追い込まれているのです。
哲学的にいうと、近代経済は貪欲を奨励してきました。ケインズも、経済成長のためには悪も仕方ない、我慢しよう、そうすれば皆、幸せになれる、と主張していました。しかしこれが嘘であったことは明白です。
私は、人間の個人の欲望は無限ではなく、ある程度生活に必要なものが満たされたら、それ以上膨らまないと思っています。それを超えて欲望は無限だと煽るのはおかしいし、経済成長は無限という考えも大間違いです。経済の成長には資源が必要です。資源は有限だし、成長を達成するには健康な人間の体が必要で、人間の住むこの生態系も有限なのです。
企業は絶えず強迫観念のように、より早く、より大きく、より精密にと人々を煽ります。しかしこれが過ぎると、アナログである人間は耐えられなくなり、非常に不幸な状況に追い込まれます。経済原理によって不幸な社会、不幸な人間が作られていく。今こそ私たちはこれとは反対のシステムを作っていかなければなりません。
スロー、スモール、シンプル
スロー、スモール、シンプル。これは今の価値観とは全く逆になりますが、端的に言うとこれを実現する方向へシフトするべきだと私は思います。
「スモール」。社会は小さいほうが、人間は責任をもって管理しやすい。人間関係も濃い。「スロー」。ゆっくり行った方が、仕事も人生も楽しめる。「シンプル」。物事を複雑にして必要以上のことをするより、シンプルで重要なことをしていくべきです。大多数の人間を巻き込むグローバル化は一部の人だけが富を得て、99%は貧しくなるというシステムです。ですから今こそローカリゼーションに立ち返る時です。地域の人がその中で、自給自足をして助け合う。自分の町を愛し、その周辺の地域を大切にするのです。
世界とか、自分ではとても扱えない大きな数字ではなく、目に見える地域社会を幸せにしていく。地域なら、あらゆる人が参加できます。基本的に地域が独立し、自給自足で不必要な機械化を捨て、手や足でできることは機械を使わない。これはシューマッハというドイツ生まれ、英国籍の経済学者が『Small
is beautiful』という本で、物質至上主義の現代文明へ警鐘を鳴らした理論です。何でもハイテク化すると、人間の存在の意味がなくなる。手仕事ですべて行うのは大変かもしれないが、てこや道具を使う中間技術を大切にしないと人間の能力は落ち、失業者が増えると彼は指摘しています。
少欲知足
今から2500年も前に、釈迦は「少欲知足」を説きました。貪欲を戒め、足るを知れということです。釈迦は毎年一本ずつ植林をしろと言いました。そして人間が自然と一体化して生きていくことが一番豊かな人生であり、社会だと説きました。なぜ2500年も前に釈迦がそんなことを言ったのかを私は不思議に思い、インドへ行き、釈迦の歩いたところを見てきました。そしてわかったのは、彼が天才だったからそう言ったのではなく、すでに当時から、欲望のための絶え間ない戦争が行われ、今日の悲劇の原型があったからなのです。
本日は短時間にダイジェストでお話をしました。これからも色々なところで情報発信をしていきたいと思いますので、どうか皆様もこうした問題に興味を持っていただければと思います。
プロフィール
中村 敦夫 様
(俳優、作家、同志社大学大学院講師)
1940年生まれ。東京外国語大学中退後、劇団俳優座へ。1972年「木枯し紋次郎」がブームとなり、その後数多くのドラマで主演をつとめる。脚本や演出も行い、海外取材を基に書いた小説「チェンマイの首」がベストセラーに。1984年、TV情報番組「地球発22時」のキャスターに起用され、数十ヵ国の海外取材での経験から、国際的視点からの政治的発言が増え、1998年、参議院東京選挙区から立候補して当選する。2000年には「さきがけ」代表に就任、2002年に党名を「みどりの会議」に変え、日本最初の環境政党を作ろうと全国の組織化に奔走する。環境委員、農水委員として、不正腐敗の追及や環境問題、農林水産業の復権などに取り組む。2004年、環境政党を拡大するため、10人の候補者を擁立して参議院比例代表で闘ったが敗退し、政界を引退、現在は俳優業に復帰して著述、講演を続けながら仏教研究に励んでいる。