IFRS導入はWindowsの到来に類似
IFRS(International Financial Reporting Standards:国際会計基準または国際財務報告基準)はその名が示すとおり国際的な会計基準であり、今や世界100ヵ国以上が自国の公開企業あるいは上場企業に対してIFRSの適用を認めている。つまり、各国異なった会計プラットフォーム(各国会計基準)から、全世界共通の会計グローバル・プラットフォーム(IFRS)が導入されているということなのである。これは、1990年代にマイクロソフトがOSのグローバル共通プラットフォームとして「Windows」を全世界に普及させたのと同様の影響が、企業内外で起こることと捉えられる。すなわち、OSが統一されるにあたって、ハードウェアへの導入、ソフトウェアの入替、マニュアルの準備、教育、運用ルールの確立等、全社を挙げて準備にあたったが、それと同じような準備がIFRSの導入にも必要であるということである。また、WindowsによるOS共通化により個々のOS設定能力よりも、共通OSの運用応用力が重要になったのと同様に、IFRSによる会計基準の共通化においても、個々の会計規則ではなく会計基準に沿った原理原則の応用力が必要になってくるということである。
現在、この会計グローバル・プラットフォームであるIFRSを強制適用する国は着実に増えつつある。EUでは2005年から上場企業に対し、すでにIFRSの強制適用が始まっており、また会計の先進国である米国では、一定の要件を満たす企業については2010年以降、IFRSに準拠した財務諸表の提出を容認するとともに、2014年以降にIFRSを段階的に強制適用することを2011年までに決定する案を提示している。また、その他、ブラジル、インド、中国といった新興国も上場企業へのIFRS適用をすでに認めている、あるいは認めることを決めている。日本では、金融庁が2009年6月に公表した「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)」において、2012年までにその是非と実施時期を判断し、IFRSの強制適用の時期を「2015~16年」としている。
現状、各企業の対応については様々であるが、昨年度J-SOX初年度が終わり「やれやれ」と一息つきたいと考えている最中、「IFRS襲来!」などといった記事を目にして、「また何かしなければならないのか」と思われている方も多いであろう。ただ、IFRSは会計基準であるため、IFRSへの対応は経理部門だけの問題であると認識しているケースも多く、さらに強制適用の時期が「2015~16年」という5年以上も先で、かつIFRSの内容自体も一部流動的ということから、今着手する必要はないと考える方も多いのではないかと思われる。しかしながら、IFRSは会計処理だけではなく、業務プロセスや情報システムにも大きな影響があるということを認識する必要がある。もし、業務プロセスや情報システムをIFRSの要求に従って変更するということになると、場合によっては期間的にも3~5年の中長期的な視点で検討しなければならない。
2009年度からIFRS任意適用開始
2009年6月30日に金融庁より「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令(案)」等の公表があった。これにより、一定の要件を満たす企業に対して、2010年3月期の年度の連結財務諸表からIFRSによる作成を容認する方針が示された。その中で、IFRSに対する実務対応を行う企業(IFRS財務報告作成者)の課題として下記を挙げている。
■「原則主義」(プリンシパル・ベース)
※1であるIFRSの十分な理解が必要
■具体的な会計処理や財務報告の諸手続を定める必要がある
■IFRSに関する会計処理方法の具体化
■有価証券報告書等の開示書類への記載事項
- 当該取り組み状況の開示、会計基準改訂への対応方針/対応状況、適切な会計指針の策定状況、会計基準に関する研修の実施(外部研修への参加)
上記の内容から明らかなように、金融庁はIFRS導入における内部統制整備の重要性を指摘している。つまり、今年度から任意適用とはいえ、IFRSを適用した場合には内部統制の整備が十分であることが必要条件であることを示しており、これはJSOX上も重要な影響を与えることになる。
IFRS導入におけるIT(情報システム)や内部統制への影響
それでは、なぜIFRS導入において内部統制の整備が必要不可欠なのか。それは「原則主義」というIFRSの特性に大きく依存している。
原則主義とは、おおまかな原理原則だけは決めておくが、細かい規則や数値基準は示さないことを指す。原則に従い、企業が自ら判断する必要がある。その対極にあるのが、ルール主義、または規則主義で、具体的な数値基準を広範囲に示し、会計処理の際には規則に従い、判断を下すやり方である。
これまでの「原則主義」のもとでは、企業が自らの会計処理をIFRSの「原則」に従って会計処理基準を明確化し決定していくことが求められていた。例えば、リース会計におけるリース区分について、現状では日本の会計処理基準に規定のあるリース区分を確認するよう会計処理基準を定めればよいが、IFRSでは自社の会計処理基準をIFRSの「原則」に従って作成し、契約の性質に基づいてリース区分を判断しなければならないことになる。これに伴い、経理部門は自社の会計処理上の判断基準を明確化するため「会計指針(マニュアル)の作成」が必要となる。また業務部門は、経理部門が決定した会計処理基準に基づいた判断基準を業務プロセスに正しく組み込んで文書化すること、つまり「内部統制の構築、システムの整備」が必要となるわけである。さらに、業務プロセスを評価する部門(内部監査部門)はIFRSの原則を理解し、“取引がIFRSの「原則」通りである”と評価する理解力/解釈力を備えることが必要となる。
特に内部統制に重要な影響があると考えられる部分について、下記に例示する。
- 「原則主義」に伴う業務部門における「会計処理妥当性判断プロセス」の増加
- 有形固定資産の「減価償却方法、耐用年数、残存価額」の判断プロセス
現在は法人税法基準に基づいて決定しているが、企業自らの会計処理ルールに基づき判断することになるので、判断の妥当性が重要となる。この決定には「製品のライフサイクル」「将来キャッシュインフロー期間」)※2などを考慮する必要があり、購入した部門の判断が必要となる。
- 無形資産の資産化判断プロセス
IFRSでは、企業内部プロジェクトの開発費が「6つの要件」に合致した場合には資産化しなければならないが、その「6つの要件」に合致するかどうかの判断プロセスが必要となる。「6つの要件」とは「技術上の完成可能性」「将来、収益を生み出す可能性が高い」などで、研究開発部門の判断が必要となる。
- 連結対象範囲の拡大に伴う連結データ情報収集体制の整備
IFRSでは、連結対象範囲に原則として例外を認めておらず、すべての子会社について連結を要求している。また、連結範囲の判断が実質支配基準となっているため、特定目的会社(Specific Purpose Company、資産の流動化業務を行うためだけに作られた会社で、従来は連結対象外)などについても「実質的に支配している」ということになると、連結の対象となる。このため、連結対象範囲が増大することが予想されており、新たに開示対象となる連結子会社からの情報収集や伝達体制の整備が必要となる。
- 開示情報の増加に伴う内部統制プロセスの増加
IFRSを適用すると、自社で採用した会計処理方針や公正価値見積りの根拠となる将来キャッシュフローの妥当性、セグメント情報(管理会計情報)など、開示が必要な情報が項目、量ともに大幅に増えることが想定されている。直接的な影響としては、子会社が作成する「連結レポーティング・パッケージ」)※3の大幅な見直しが考えられる。また、当然増加した分の開示情報の正確性や妥当性について、内部統制の文書化および評価(J-SOX対応)が要求され、J-SOX評価範囲と評価手続について検討する必要がある。
- 決算日統一要求に伴う業務効率化
IFRSでは、連結対象範囲に原則として例外を認めておらず、すべての子会社について連結を要求している。また、連結範囲の判断が実質支配基準となっているため、特定目的会社(Specific Purpose Company、資産の流動化業務を行うためだけに作られた会社で、従来は連結対象外)などについても「実質的に支配している」ということになると、連結の対象となる。このため、連結対象範囲が増大することが予想されており、新たに開示対象となる連結子会社からの情報収集や伝達体制の整備が必要となる。
このように、IFRS導入に伴い、内部統制はさらに重要性を増し、それに呼応して内部統制整備/運用の負荷増大が予想される。1年目が終わって一息ついている暇はない。企業にとって内部統制は「過去の話」ではなく、これから先もずっと続いていく業務である。特に、整備/運用の評価業務を初年度は手作業でこなした企業が多いが、継続する業務であることを考えると、効率化と省力化について、真剣に検討する必要がある。
また、IFRSは情報システムや内部統制以外にも大きな影響を及ぼす可能性が高い。利益変動による借入金財務制限条項(コベナンツ)※4への影響や、売上認識基準の見直しに伴う取引契約内容の見直し等、その影響範囲は計り知れない。そのため、IFRSは会計プロジェクトとしての部門プロジェクトではなく、全社プロジェクトとして早期に立ち上げることを推奨したい。
IFRS導入を機に業務効率化を進めよう
IFRS導入を機に合理化/効率化を進められる点もある。
例えば、グループ全体(親会社、子会社)の会計処理統一化に伴う業務の効率化が挙げられる。IFRSは、原則としてグループ全体の会計処理の統一化を求めている。この会計処理の統一化に伴い、業務フロー、特に業務システムをグループ全体で統一し、ITコストの削減も見込まれる。また、業務フローを統一することによりJ-SOX文書化コストを削減することも可能となる。もちろん、文書化コストだけではなく、J-SOX評価テスト(内部監査部門のJ-SOX評価テスト)もより効率化できる。さらに、会計処理が統一されていれば、これらを標準化するITツール(文書化ツール、J-SOX評価ツール)の活用も容易となろう。
また、ディスクロージャーの基本コンセプトである「マネジメント・アプローチ(経営者の視点に基づくディスクロージャー)」も、管理会計充実化のきっかけとなろう。このように、IFRSを積極的な業務効率化のトリガーとして使うのも1つのアイデアである。
IFRSプロジェクトの具体的な進め方
それでは、具体的にどのようにプロジェクトを進めればよいのか、右記に具体的なプロジェクトのイメージを記述してみた。
現在、すでに大手監査法人や大手ITコンサルティング会社が上記と同様のサービスを提供し始めており、彼らに支援を依頼することも1つの手である。少なくとも今年度は「分析および評価」までは行い、IFRSの潜在的な影響を網羅的に把握し、来年度以降の具体的アクション・プランまでは把握しておきたい。2015年というと5年先であり、まだまだ遠いという感があるが、情報システムや商慣習などは、1年や2年で解決できない課題も多く、中長期的な視点で計画的にIFRS対応を実行していくことも重要であると考えられる。そのためにもできる限り早期着手を進めたい。
用 語 解 説
※1 原則主義
処理に関連する基本原則を示しており、会計処理の判断のための重要性の数値基準といった具体的な判断基準や処理方法を詳細に示さない基準の体系を指す。原則主義の対極にあるのは規則主義。広範にわたり具体的な数値基準を示しており、会計処理の際には決められた規則に従い会計処理を行う。
※2 将来キャッシュインフロー期間
企業に資金が流入することをキャッシュインフローというが、将来にわたってキャッシュインフローを生み出す期間を将来キャッシュインフロー期間と言う。特に「将来キャッシュフロー」は資産の評価方法(耐用年数、減損兆候判定)などに用いられる指標であり、企業が自ら事業計画などを基に策定する必要がある。
※3 連結レポーティング・パッケージ
連結子会社が決算時に親会社向けに作成する「連結用子会社財務データ」パッケージであり、試算表、各勘定明細、必要な開示データなど連結に必要なデータが盛り込まれている。親会社は、報告された「連結レポーティング・パッケージ」を基に連結財務報告を作成する。
※4 借入金財務制限条項(コベナンツ)
財務制限条項とは、通常、金融機関が債務者に対して貸付を行う際に、その契約において、債務者の財政状況が一定条件以下となった場合には、債務者は期限の利益(返済期間の猶予)を喪失し、金融機関に対して即座に貸付金の返済を行わねばならないことを約する条項を指す。財務制限条項の条件例としては「経常利益の黒字維持」といった損益計算書に関するもの、「純資産をXX円以上に維持」といった貸借対照表に関するものなどがある。
脇 一郎 ● text by Ichiro Waki
1993年中央新光監査法人国際部(当時Coopers&Lybrand日本法人)に入所、その後、欧州系メーカー管理部門責任者および欧州系ソフトウェア・ベンダーの日本法人代表取締役社長を務め、2006年からはジャパン・ビジネス・アシュアランス株式会社に設立メンバーとして参画、現在に至る。
<< 主な業務経験 >>
商法(現会社法)・証券取引法(現金融商品取引法)監査(日系上場企業)、外資系製造業向け米国基準財務諸表監査、NYSE上場日系企業向けUS-SOX対応プロジェクトにアドバイザーとして参画、東証上場企業向けJ-SOX対応プロジェクトにアドバイザーとして参画、東証上場海外子会社向けIFRS対応プロジェクトにアドバイザリーとして参画。
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