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情報誌『アシスト』

2010 Spring 2010/03/01
コラム 【USA NOW】

カリフォルニアから最新の米国事情をお届けします。

ばらけるアメリカ 理念の実行、待ったなし

杉田 成彦


アメリカは現在、1930年代の大恐慌時代を参照し、経済大不況の克服を目指しているが、80年前の元祖ニューディール政策で「芸術」が大きな役割を果たしたことは見落とされているようだ。当時は、アーティストたちの活動に直に報酬を与える「ニューディール文化プログラム」が全米レベルで大々的に実践され、意気消沈する人びとに、芸術が再生という共通の希望を与えたのである(1)。元祖ニューディール政策で、アートが景気刺激と雇用創出の重要な柱に位置付けられていたことは、当時のアメリカが、豊かさの価値として心の充足を重視し、市民社会への富の再分配が、政府の断固たる役割であったことを雄弁に物語る。

現代版ニューディール政策はどうだろう。大不況を引き起こした金融業界に市民の税金を振舞い、その根源をなすギャンブル経済の再生によって市場の数値だけを良くする政策・・・。それはアメリカが金と物だけを拝む貪欲社会になり果て、企業への血税の献上が政府の役割になったことを明確に示すものだ。

この一年で、飢える子供が350万人も増え、企業倒産が7割も増加した。仕事と住む場所が消えていくアメリカは史上最悪の状態(2)となり、この現状に向き合わない金融機関本位の政治に対して、人びとは怒り健全な経済動機が失われていく(3)。「経済のアキレ」が蔓延し、アメリカ社会は急速にばらけ始めているのだ。

経済のアキレ、情報のトギレ、戦争のツカレ

現代版ニューディール政策に対するアキレがもたらすアメリカのばらけは、「情報のトギレ」によって、さらに加速されている。情報入手の硬直性によって既成の新聞やテレビが色褪せる一方、デジタル・メディアの拡大が急速に進み、1日24時間という限られた時間の中で、今やほとんどの人が自分の興味分野に特化した情報の処理だけで手一杯なのが実情である。

その結果、イラクやアフガニスタン情勢、人権侵害、温暖化防止の枠組みなどの国際的なことはおろか、健康保険改革、移民政策、財政赤字、州の機能麻痺など、日常生活を左右する喫緊の話題についてさえ、知らない人や関知しない人が驚くほど増えた。アメリカでは、メディアの多様化によって情報のトギレが生じ、共通の課題を掘り下げる状況が極端に減って、社会のばらけが加速している。

経済のアキレと情報のトギレによってばらけるアメリカの蝶番を、さらに取り去るものが「戦争のツカレ」だ。アメリカはこれまで、リーダーが勇ましく戦争を語れば例外なく1つになったが、因果関係の不在から目的を描けないブッシュ前大統領による傲慢な軍事力の濫用によって、戦争は国内団結の特効薬としての効能を失った。

オバマ大統領は、昨年末、ウェストポイント士官学校で、アフガニスタンへの3万人の兵力増派を発表したが、そのスピーチを聞く将校の卵たちが一様に見せた倦怠感と意気消沈は、アメリカの軍事力の意志が、劇的に削がれていることを如実に示す光景であった。ウェストポイントの若者が、大統領の決定に落胆を押し殺す異様な反応を示すことはかつてなく、イラクとアフガニスタンで軍事展開を継続するアメリカ兵の凄まじい疲弊を指摘しない専門家はいない。アメリカは現在、戦争というナショナリズムの扇動をもってしても、国内を束ねることはできないほど、ばらけている。


前政権の遺物との決別

オバマ大統領を選んでリーダーシップのリセットを行ってから1年以上を経たアメリカでは、前政権の失政が未だ尾を引く状況が続く。オバマ大統領は市民本意の政治の実現を一貫して唱え、現在もその理念を強く信奉しているが(4)、その実現に向けた行動は、もはや待ったなしだ。そのためには前政権が広げた大風呂敷を果敢に畳むことが避けられない。すなわち、もはや理の戻らぬ戦争を一刻も早くやめること。そして、ギャンブル経済の蘇生に執着する現代版ニューディールを市民本位の政策に変え、政府が本来の富の再分配機能を取り戻すことが必須である。

公平さと公正さを社会価値の根底に据え、そこに元祖ニューディールでは当然として扱われた心の充足という豊かさの指標を甦らせることが、経済のアキレと情報のトギレ、戦争のツカレを解消して人びとの動機を回復し、ばらけるアメリカを、再生という共通の目標に向かわせる。



※写真:
愛国芸術からプロレタリア・アートにいたるまで、元祖ニューディール政策が生んだ多数の芸術作品が全米各地に残されている。サンフランシスコ港を見下ろすCoit Towerの内部を飾る壁画は、ニューディール・アートの代表例。
【本文の注釈解説】
  1. SPARK『KQEDテレビ』2009年12月23日、Kathryn AFlynn & Richard Polese“. The New Deal”GibbsSmith Publisher 2008年、Don Adams & ArleneGoldbard. “New Deal Cultural Programs:Experiments in Cultural Democracy”1995年
  2. 『KTVUチャンネル2ニュース』2010年1月4日ほか
  3. Frank Rich“. After the Massachusetts Massacre”『New York Times』2010年1月23日
  4. オバマ大統領の一般教書演説。2010年1月27日


ライター 杉田成彦 ● text by Naruhiko Sugita

米国カリフォルニア州、サンフランシスコ・ベイエリアに在住。テクノロジー企業から地域マーケティングファームまで、幅広いカスタマーの多様な媒体に、日本語ローカリゼーションやコンサルティング・サービスを提供。