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情報誌『アシスト』

2010 Summer 2010/06/01
【巻頭×トップ・インタビュー】

「人件費はコストではなく目的である」、と語る経営者がいらっしゃると知り、是非ともお会いしたいと希望していたトッテンの願いがかない、長野県にある伊那食品工業の塚越寛会長をお訪ねするチャンスを得ました。「あるべき企業の姿とは」「あるべき経営者の姿とは」、南アルプスを臨む自然に恵まれた土地でお話を伺いました。

~いい会社は「遠きをはかり」ゆっくり成長~
遠くをはかる者は富む

塚越 寛 様
伊那食品工業株式会社
代表取締役会長
塚越 寛 様
ビル・トッテン
株式会社アシスト
代表取締役
ビル・トッテン

トッテン
今日は自然あふれる美しい伊那に来られて、大変嬉しく思います。オフィスも明るく、周りも公園のように美しい。今日対談をお願いしたのは、少し前になりますが『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)を拝見し、またそれ以外にも色々な人から塚越会長のお話を伺い、是非お会いしたいと思ったからです。御社の事務所を実際に目にして、「会社は社員の幸せのためにある」というお言葉を実現されているのを感じます。



社員の幸せのために


塚越様
入社当初から、経営資源や技術のない状態から様々な工夫をしてきて考えたことは、会社の一番の財産は社員のやる気だということでした。「お金があればお金で報いることができますが、ないのだから社員を家族のように処遇する」、それが私の経営の原点です。そして20年ほど前に「いい会社をつくりましょう」という社是を明文化しました。


トッテン
「そのためには、社員に快適な仕事場を」、ということで明るい、気持ちの良いオフィスなのですね。


塚越様
家は寒いけど会社は床暖房で快適だからと、土曜も出勤してくる社員もいます。「華美にならず、贅沢ではないけれど貧相ではない」、というのが当社の方針です。潜水艦のように機械ばかりで人間の居場所のないような工場を作ってはいけない。人間が主人公でなければいけません。  それから、「きちんと休み時間をとりなさい」と言っています。もともと長野県人はお茶を飲む習慣があるので、午前と午後、15分ずつお茶の時間があり、お茶菓子手当てを出しています。これは、自分自身が現場で働いた経験からです。社員の福利厚生に関することは最優先しています。休憩室が狭いとかトイレが混む、といったクレームがあればできる限り対応します。


トッテン
オフィスから一歩出ると豊かな緑に囲まれた「かんてんぱぱガーデン」がありますが、これも、もともとは社員のためですか。


塚越様
「かんてんぱぱガーデン」の整備を始めたのは1987年、日本がバブル景気の頃でした。売上や利益拡大に走るのではなく、職場環境を快適にするにはどうしたら良いかを考え、職場を緑に囲まれた快適な環境にすれば社員は喜んでくれるし、それは美しい街作りにもつながると思い整備を始めました。今はレストランやショップ、ミュージアムもあり多くのお客様が来場されますから、きれいなガーデンを見て、いい会社だなあと感じてくださるお客様は多いようです。ほとんどの社員は強制もしないのに自発的に始業の30分前に出社して手入れや掃除をしてくれるので、美しいガーデンが維持されています。


トッテン
社員を大切に思うことは、結局は企業にプラスになって返ってくるということですね。



急成長は敵、目指すは「年輪経営」


塚越様
社員を大事にすることは、目的というよりも、そうすることで経営が一番うまくいくと、経験的にも理屈でも思っています。社員が一生懸命なら、会社はうまくいく。そしてゆっくり成長する「末広がり」というのが、社員にとっても一番いいでしょう。将来が明るく、希望がある。その反対が「閉塞感」です。企業が持続していく条件は、限りなくゆっくり成長することだと思います。


トッテン
全く同感です。ただマスコミなどは急成長が良いと煽ります。しかし考えたら日本経済は戦後約30年の高度成長の後、その後の20年は落ち込んでいます。もし急成長せずに50年間徐々に伸びていたのだったら、日本も、もっとましになっていたと思います。


塚越様
寒天業界も3年前にブームが起きて、その時は急成長しましたが、その後3年間落ちて、昨年12月が底でした。でもよくみると、それは過去の延長線で起きた落ち込みだったのです。つまり3年間は減少しましたが、もっと長期的な視点で見ると萎縮はしていなかった。しかし、急成長すると落ちた時が大変です。ブームなら必ずいつか冷めますから。このブームで、今までの経営の正しさを再認識しました。


トッテン
ブームを自分の実力と勘違いしてはいけないということですね。


塚越様
そうです。ブームで得た利益は自分の力で儲けたものではない、一時的に預かっているもの。だから将来は必ず出て行きます。その意味でも急成長は敵。私が目指しているのは「年輪経営」、木の年輪のように少しずつ、前年より確実に成長することです。年輪の幅は若い木は大きく育ちますが、年数が経ってくると幅自体は小さくなる。それが自然で、会社もそうだと思います。


トッテン
低成長を志すのは、アシストも同じです。アメリカ型経営は短期間で高い利益を上げることが目的ですが、それは全く狂った考えです。


塚越様
アメリカ型の経営手法は人を幸せにしません。少なくとも私の経営理念とは相容れません。私は二宮尊徳先生の、「遠きをはかる者は富み、近くをはかる者は貧す」という言葉を経営戦略の柱としています。


トッテン
御社が本社を東京へ移さないのも当然ですね。


塚越様
以前から首都が肥大化することには反対でした。地方に中核都市がたくさんある国家のほうが楽しいと思いませんか。政治は東京に人が集まるシステムを作りますが、例えば仙台と新潟を新幹線でつなぐとか、そのほうが新しいものや発想が生まれるのではないでしょうか。もう1つ懸念することは、東京にいると精神が汚染されること。都会病と呼べるかもしれませんが、一番の症状がお金が欲しくなることです。


トッテン
お金があれば何でもできますが、お金がないと何もできないのが都会です。


塚越様
そうです。伊那にいると大切なものが見えてきます。「我以外皆我師也」という言葉がありますが、自然から私たちは色々なことを教わります。自然のないところに長くいるとお金に執着してしまい、経営でも人生でもお金が大切な物差しになってきてしまうと思います。


トッテン
アシストも本社は東京ですが、私は京都に住み京都で家庭菜園をやっているのでよくわかります。土を触って自然に触れるようになって自分は変わったと感じています。本を読んだり勉強することも非常に大事だと思いますが、これは実際に体験してみないとわからないことですね。


塚越様
これも二宮尊徳先生ですが、「人、生まれて学ばざれば、生まれざると同じ。学んで道を知らざれば、学ばざると同じ」、そして道を知ったら行え、という言葉があります。人はこのために学ぶのだと思います。いい学校で知識やスキルを身につけることは習得しているに過ぎません。大切なことはどうあるべきかを学ぶこと。道というのは、「ものごとのあるべき姿」です。会社はどうあるべきか。社員はどうあるべきか。それを知るために学ぶのです。このあるべき姿を忘れたのが戦後教育ではないかと思います。昔は「商人道」という道がありました。近江商人の「三方よし」など、昔の人はそれをきちんと教えていました。ところが今はすべて自由だというのです。


トッテン
権利だけ主張して、義務は果たさない、自由だが責任がないのが現代ですね。



すべての基本は利他


塚越様
今は道がなく野原です。だからどこにいっても、何をやっても良い状態です。そのために前に進めず、閉塞感があるのです。私はいつも社会人として、社員として、あるべき姿を守るよう社員に言っています。


トッテン
今の学校教育は、ノウハウやテクニックばかり教えて大事なことは教えません。道を説いた寺子屋のほうがずっと良かった。私は経済学博士号をとるために4年間勉強しましたが、その経済というのは、結局は金持ちはずっと金持ちでいる、貧乏はもっと貧乏になるという屁理屈を教える、でたらめの学問で、その嘘を頭から消すのに20年間かかりました。


塚越様
そのような経済学をもとに政府は政策をとっていますから、日本は閉塞感にあふれ貧富の格差が広がり雇用不安になっているのです。資本主義社会の最大の欠点だと思います。企業も個人も皆努力はしているけれど、道がないから正しい方向に行けない。偽の経済学の本がたくさん出ているから、運悪く間違った本を読んだ人は正しい方向に行くことはできません。ではどうしたらいいかというと、それは宗教、1,000年以上経っても古くならない永遠の真理に返ることだと思います。特定の宗教という意味ではなく、一言で言って「利他」、他人を利すること、です。すなわち、社員もお得意先も大切にするのは当たり前のことです。


トッテン
人間が作った宗教組織が実際に何をしているかは別として、キリスト教も仏教も、その教えは「他のために尽くせ、そうすれば自分も幸せになる」ということです。『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』という本が昔流行りましたが、経済も宗教も本当はシンプルなものです。それをビジネスにするたに難しく教えようとしていますが。


塚越様
世の中の原理原則は極めて簡単だと思います。このため私はシンプルな経営を心がけています。組織も社是も社訓もシンプルにし、経営も性善説に基づいて行えば管理費が安くなります。社員にコンプライアンスなんて言ったことはありません。法律を守るのは当たり前のことですから。


トッテン
コンプライアンスもアメリカからきた概念です。道があって、人々がそれに則っていれば規則は要りません。


塚越様
昔の親はよく、「お天道様が見てる」という言い方をしましたが、今はそんなことを言う親はいません。精神面で日本は後退したのだと思います。文明は精神的なものを退化させます。


トッテン
御社は定年した人のために「ぱぱ菜農園」という農業生産法人も作っていますね。素晴らしい。


塚越様
寒天の生産工程で出るかすを肥料化して売る仕組みを作りました。雇用制度の確立と食料自給問題、地産地消を目指しています。今のところは赤字ですが、儲けなくていいからゆくゆくは黒字にしたいと思っています。65歳を過ぎて、皆と楽しく働ければ良い。企業としてこれからもできることを1つずつやっていこうと思っています。


トッテン
本日はとても勉強になりました。誠に有難うございました。



◆ 塚越 寛(つかこし ひろし)様プロフィール ◆


1937年、長野県生まれ。1958年伊那食品工業に入社し、1983年代表取締役社長に就任。以降、相場商品だった寒天の安定供給体制の確立、食品以外の寒天の用途開発などによって48年間連続の増収増益を実現。業務用寒天の国内最大手に育て上げる。1996年には黄綬褒章を、2002年には日本の産業と地域社会に貢献した中堅/中小企業の経営者に贈られる『最優秀経営者賞』(日刊工業新聞社)を受賞。2007年、中小企業センターよりグッドカンパニー大賞の最高賞「グランプリ」を受賞。2005年から現職。著書は『いい会社をつくりましょう。』。趣味は写真で、伊那谷の四季の風景をカレンダー、ポストカードにしている。

取材日:2010年3月