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情報誌『アシスト』

2010 Summer 2010/06/01
【特集】 知識資源管理経営とIT

経営の目的は社員の幸福の実現であり、利益を出すのは、その目的を達成するためである。ではITの役割は何か。ITは企業の利益を確保するために活用されるものであり、ITそのものが経営の目的ではない。社員の幸福を実現するための経営、それを助ける知識資源管理について、様々な事例を基に論じる。

知識資源管理経営とIT
~社員の幸福を願う~

松平 和也
株式会社システムフロンティア
名誉会長
松平 和也

電子計算機・・・黒船到来

1963年の春、大学2年時、専門課程「管理工学科」に入り、そこで初めて電子計算機というものを勉強した。黒船を見た坂本龍馬のように純粋に驚いた。やがて、コンピュータはEDPとなり、パソコンと言い換えられ今やITである。日本国の文明開化の師、福澤諭吉は、『民情一新』という著書に「インフォルメーション」を次のように紹介した。「インフォルメーションとは日本国を変革するものである。英国人はこれにより聞見広く、勇気生じ世界の富の3分の2を所有する。ここで言う『インフォルメーション』とは、電信、郵便、蒸気船、蒸気機関車、印刷などを言う」。ただし、さすがの物知りの福澤先生も、この頃、英国のバベッジ博士が差分計算機を開発し、美貌のエイダ伯爵夫人がプログラミングをしたことまでは知らなかった。

大学3年でFORTRANプログラミングを習った田舎学生は、4年生になると、経営学を学んだ。この時、ITは経営の道具であることを素直に理解した。学生時代に、ITが経営の目的ではなく手段であると学べたことは幸運であった。大学卒業後、この理解を基礎にして経営コンサルタントになった。やがて、ITベンチャー企業を興し、経営者として資金繰りに苦悶し経営の目的を見失った。

しかし、経営者として苦闘を重ねているうちに、経営哲学が自分の脳幹に居座り始めた。時間がかかったが、これは揺るぎない信念になった。経営の目的は社員の幸福の実現であるという確信に到達したのである。利益追求でもなく、株主価値極大化でもない。共に働く社員の幸せの実現でなくてはならないと悟った。利益を出すのは、この目的を達成するためであり、その利益を確保するためにITを利活用する。経営諸資源(人物金+知識)を蓄え、それを利活用するためにITは必須なのである。本論で言う知識資源はこの諸資源の1つである。以下の論はこの精神をベースに展開する。



日本の不撓(ふとう)経営・・・四百年不倒で粘る

戦後、日本の経営者は経営のハウツーを米国に頼りすぎた。黒船とともにやってきたのだから、無理もない。米国発金融不況を目前にした時、脚下照顧、日本にも学ぶ事例が多いと考えた。例えば、『虎屋』である。不撓の経営を貫き、不倒の実績を示す企業である。京都に生まれ、天皇の江戸行幸とともに本店を東京に移して繁栄を続ける。虎屋には代々伝わる「掟書き」という規則があると言う。1800年ごろ1回書き直したのが、今に伝えられているらしい。世継の黒川社長は対話を重視する。現代経営学流に言えば、ダイアログである。対話することで、社員は成長する。黒川社長は夜通し役員や幹部社員10人ぐらいで話し合うことが重要だと考えている。そうやって先代もやってきたからで、「美味しい和菓子をお客様に」を追求するには、それを作る側に豊かな心が要求されると信ずる経営者である。簡単だがなかなかできないことを460年にもわたって続けているのが虎屋の経営であり、MBA経営を妄信してCS活動を表面的に行えば顧客が和菓子を買ってくれるとは単純に考えない経営をしてきたのである。虎屋式経営論は、今で言う組織ディスコース論(「ディスコース」とは会話の意)である。虎屋の本店移転のように、企業は常に変化にさらされる。大政奉還という荒波を受ければ虎屋の経営もユガンダであろう。しかし、バネのように戻し全社一丸、組織一体となって経営にあたった。これを行うには知識が共有されていないとできない。一心同体なら理想的知識共有だ。しかし、これは難しい。次善の策は異体同心である。知識資源管理とは異体同心経営による不倒の経営を支える概念と言える。



400年間の口伝・・・一子相伝

もっとも、すべての不倒企業が書き物、今流に言えばドキュメントでその知識を伝えてはいない。口伝という方法でやってきた。情報漏洩を防ぐために口で伝えるのである。しかも、工程ごとに1人だけ口で教える。こうすればすべての工程を知っている弟子はいないから、ある特定の弟子1人では優れた技術品はできないという。創業以来400年を超える『印傳屋』という、甲府に本社のある鹿革製品を作る企業がある。ここでは、一子相伝という形をとっていた。子供が沢山いても一人にしか教えないから技術が流出しないのである。知識を口で伝えるということは賢いやり方である。先代が口移しに伝えるのだから、そこには苦労話や経験談、技術修行の修破離を聴ける。先代の若き頃の悩みも聴ける。話が上手な経営者の話は迫力がある。人間的魅力を発散する先代が、当代の息子に語り伝えるのである。

ところで、巨象IBMを踊らせたルー・ガースナーは物語を話すのが上手い人だという。経営学流に表現すれば、ストーリー・テリングの玄人である。IBMの今後について彼が話す時、従業員も、銀行家も証券アナリストも聴き入ったという。巨額の報酬を得るCEOは、ただ短気で退屈な男ではなかったのである。

GEの伝説的経営者、ジャック・ウエルチもそうだ。ニュートロン・ジャックとあだ名される、すぐ爆発する、できの悪い(大学ではCプラスぐらいの成績?)男がGEをなぜ変えられたのか!人種的にアイリッシュのウエルチ社長は物語が上手いのだ。小さい頃から御伽噺を聴いて育ったのだろう。GEの教育研修所で社員にストーリー・テリングするのが大好きだったウエルチ社長。彼の話術に聴き惚れた社員はやる気になってしまい、ド偉いことをやってのけるのだ。

さて、米国型MBAコースで日本の口伝は凄いと教えたのだろうか。実は最近になって、MBA経営学者は言い始めた。“Storytellingcan change 21st Century Organization.”と。物語こそ組織変革の鍵だと。またこうも言う。“Dialogue on Dialogue”対話について語ろうと。日本には、400年前から口伝という伝統があり、経営の奥義を語り伝えている。今こそ、日本的経営に着目し、知識資源の伝承の秘密を明かすべきであろう。



社訓、家訓・・・理念と使命を伝承

会社は、社訓とか企業理念とか言って遵守するべきことを文字にしている。

100年を超える歴史を持つ、佃島にある『月島機械』という会社では、社長応接室に社訓と言える3ヵ条の企業理念が額にかかっている。山田和彦社長とお会いすると、この額を背にして口癖のように、「環境経営こそ・・」と企業理念を語るのである。ちなみに、氏は学卒入社社員初の5代目社長である。創業以来90年以上創業家社長(三代)が続き、銀行出身の田原龍二社長(4代目)が活性化のきっかけを作り、5代目に引き継いで米国大統領より一歩早くチェンジを進めている。

商店などでは家訓とも言う。ポマード(古い!)などで、男性には知られている頭髪用化粧品の『柳屋本店』(4百年不倒)では店則というものがあると言う。店の経営の心構えが細かく十ヵ条に書かれている。その教えは現代にも通じる。例えば、第一ヵ条は「店では各人仲良く、従来のしきたりを守って励むこと」とある。経営理念や使命は会社の知識であり、これは伝承されるべきである。理念から導かれる経営指針、行動指針なども知識資源と言える。

社規社則も同じである。「社員は週末デートにかかった費用を上限6千円まで会社に請求できる」という社則を定めたネット系の現代企業は、不況下でも元気が良いという。ただし、この費用を請求する社員は、デート通.jpというサイトに書き込みをする義務がある。レストランの美味しいメニューなど、そこに行かないと入手できない情報を書くことが要求されているのである。行動を起こせる社則というのは実に貴重な知識であり、社員に自然と共有される。



知識の四角錘・・・資源管理方法論を誘導

ここで、知識資源について体系的に述べよう。本論では知識資源はそれを構成する4要素から成るとする。まず第一に、企業には組織という知識資源要素がある。組織を具体的に機能させるのは、職務を担当する人である。



システムという第二の要素は人の効率を支援する。ITはこのシステムに適用される。第三は情報という要素である。情報は人が活用する、人の行動のためのものである。

第四の資源要素はデータベースである。情報を作り出すための原材料がデータである。図1の四角錐にてこの知識概念をモデルに表現した。各知識を構成する資源要素は構造物と定義できる。まず、組織は経営トップから部長、課長、担当という4階層が普遍的である。

システムは、システム、サブシステム、プロシージャ、プログラム/オペレーションという4階層にモデル化できる。情報は一般に戦略情報、戦術情報、管理情報、業務情報というように4階層に構造化できる。データベースは、DB-File-Record-Data Elementというように4階層構造が普通である。4面4階層の資源を企業内にて整然と活用するには、構造のトップからトップダウンに資源要素を分析設計し、ボトムアップに構築し、変更に際しても構造的に維持管理する。

こうすれば資源管理が容易になる。この場合、各要素の階層のトップから4フェーズでボトムまでの設計を行い、4フェーズでボトムアップに構築し組み立てる。監査フェーズと計画フェーズを付加して10フェーズが知識資源開発維持方法論として誘導され標準化される。



企業の組織は知識の一要素・・・社員は善知識

従来、組織というものに経営学者は真摯なアプローチを怠ってきた。人材開発を意味する組織開発を声高に言うが、組織構造の最適設計に回答を示さない。

企業での組織問題は、経営トップの専管権限であるから容易に口に出せなかったという言い訳がある。赤提灯(あかちょうちん)のもとで、人事部長は酒を飲みながら酔いに任せて急ごしらえの人事発令を口にし、自社の組織をつまみに飲むのである。しかし、昼間堂々と経営トップに組織図を描いて出すことなどできない相談であった。

組織の好悪は、人材の育成にも大きく影響する。人材は机上では育成されない。仕事の上で鍛えられるのである。「組織は戦略に従う」とするチャンドラーという経営学者の古典的組織原理がある。筆者はこれを疑問とする。組織は「経営者の経営哲学に従う」というのが正しい組織原理であると信ずる。それ故に組織の設計は、企業の経営目的の設定から始め、経営者の経営哲学の確認後、経営理念、経営ビジョン、経営使命の5点セットを確定することが先行する。この後に目標が決められ、目標達成のための戦略が明示されることになる。

常に原点から組織の構造が議論されるべきであり、組織図はこの後に描かれる。組織は戦略ではなく、経営哲学に従うのである。組織図ができてから、人事は引き続き決められる。社規社則や行動指針なども決定される。分部分課分掌規定も規定される。これらすべてが知識資源である。「智識」という漢語は本来仏教用語で「善き友人」という意味を持つ。組織を活性化する善智識としての社員が居てこそ知識が生きて善を行う会社となる。



システム?・・・ノットイコールIT

図2にあるように、システムは通常、組織の変化に連動して維持管理される。システム自身のバグや効率改善ニーズが発生してもシステムの改善がなされる。システムも組織構造に相対する構造物である。トップダウンに設計されボトムアップに構築される。前述したように10フェーズが標準工程である。システム開発の際に作られるマニュアルが、システムを「見える」化する詳細図面となる。人間の作業部分は課別係別に作られるマニュアルによって示される。

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コンピュータの担当部分はプログラム仕様書に書かれる。開発されたソースコードも含め購入した市販パッケージなど、すべてがシステム資源要素である。それにしても、システムとは難しい概念である。システム=コンピュータと考えるビジネスマンが多い。実際、「システムとは何ぞや?」筆者は社員に口伝的にこう語っている。「システム化とはくっつけることだよ」と。人間の動作が電子計算機や色々な機器を上手く使いこなせるように、継ぎ目なく自然さを保てるようにするのがシステムの役割である。



人は情報を処理・・・電子計算機はデータを処理

「情報」という言葉は和語であり、漢語ではない。明治9年に陸軍歩兵操典の中で制定された軍事用語である。語源は仏語“Renseignement”である。意味は「敵情報知」であり、この4文字から、真ん中の2文字を取り出したのである。このため、明治においては常に軍事用語的に使われた。陸軍軍医であった森鴎外はこの「情報」を以下のように小説で使っている。大正5年、日刊新聞に連載された『渋江抽斎』と題する伝記小説では、「戦争は所々に起こって、飛脚が日ごとに情報をもたらした」とある。これは、幕末に幕府側である渋江氏一族が江戸から弘前に逃げていく過程での話である。ここで言う情報とは、新政府、板垣軍の動向なのであろう。情報の出現初期には、重い言葉であったのに、昭和に入ると情報を軽く扱い、受付に“INFORMATION”とあるように安易に、無料で教えてもらえるものとなった。

太平洋戦争時には、海軍の連合艦隊司令長官、山本五十六の行動を知らせる通信の暗号を米軍に傍受され、飛行航路を待ち伏せされ、乗機が撃墜されて山本は戦死してしまう。まさか、自分の日程が盗聴されて報告され、ルーズベルト大統領による撃墜命令になるとは思わなかったであろう。米国大統領は意思決定の際に、山本を殺したら次の長官は誰か、それは山本よりも優秀か、と確認した。当時、山本の次の連合艦隊司令長官とされた山口多聞中将は、すでにミッドウェーの戦いで死んでいるとの情報を確認した上で撃墜命令を発令した。企業では、戦略情報はトップが活用する重要情報である。事業部長レベルで活用する情報を戦術情報とし、課長が使うであろう、例えば予算管理書などは管理情報である。担当者は作業指示書を受けて作業するが、これは業務情報と言える。組織構造に合わせて情報の構造化もなされる。

改めて考えると、現代の情報システム部門が敵情報知のお役目を果たしているとは思えない。厳しい経営環境下なのに自社の競合相手も知らずに情報システムを作っているとしたら、経営トップの情けにも報いられない、情けない情報システム部門だと言われる。



データベース・・・マタイ効果

ここで言うデータベースはDBMSではない。企業が蓄えるデータのすべてという認識である。最小単位はデータ・エレメントである。人名とか部品番号とか売上高などである。データ・エレメントをある単位で集めるとレコードになる。データの利用単位であり、活用単位でもある。レコードが保管される場所をファイルという。そして企業はファイルの中にあるデータのすべて、これをデータベースと言い会社の資源として認知し活用する。データベースのマタイ効果(マタイ伝から)というのがある。例えば、ある企業の顧客データの蓄えが大きくなるとその効果は脅威となり、弱小競合企業や油断した競合企業の顧客は根こそぎ奪い取られる。顧客データの整備競争は陣取りゲーム的であり、その整備の進展によってはオセロ・ゲームの敗者のような様相を呈する。しかも、整備した側のデータベースは維持管理を的確に行うことで減損することがない。

データは事実事象のデジタルな表現であり、情報はそのデータを加工したものである。活用者の要望に沿って情報が準備され消費される。人間にとっては、毎日食べる料理のようなものである。人参の入ったカレーが嫌いな人もいるし、豚肉を食わない人もいる。情報には、料理と同じようにその材料の吟味と加工のタイミングが要求される。であるから、データベースの整備とデータ加工のための洗練された最新IT技術の社内導入と利用は、情報システム部門の責務である。これをなおざりにすれば、確実に敗者になる。



終わりに孫子の兵法・・・第13篇『用間篇』

知識管理企業には、“ CKO : Chief Knowledge Officer”が組織にいるべきであると考える。その役員の下にはスタッフ「参謀」としての組織参謀、システム参謀、情報参謀、データ参謀、すなわち資源要素担当の専門参謀が配置される。ちなみに参謀という言葉は、幕末になって突然新撰組の組織に現れた。土方がフランス政府派遣の軍人たちと交流し、“Etat-Major(国家にとって重要な人)”という軍事用語を参謀と訳したのではないかと推測している。

日本初のラインとスタッフの組織編成は新撰組組織図に見られる。ラインの総長は近藤勇、副長が土方歳三、一番隊隊長は沖田総司で十番隊までとなっている。スタッフとして参謀は伊東甲子太郎、監察方に「壬生義士伝」で有名になった吉村貫一郎等であった。土方は伊東に「参謀は各隊長に命令できない。参謀は知恵者として局長に進言するのだ」とした。しかし、伊東はこれに違反し、土方は伊東を惨殺する。組織内では、参謀はあくまでもCKOやCEOに忠実でなければならない。太平洋戦争時には、日本の陸軍参謀は司令官の代わりをやったため、命令系統が一貫せず、兵を無駄死にさせた。参謀トップの陸軍参謀本部総長と海軍軍令部総長が統帥権を悪用して300万の国民を死に追いやった。直江兼続のような参謀はいなかった。

最後に孫子の兵法の第13篇「用間篇」を取り上げよう。孫子の兵法書の最終章では、敵情の活用について説いている。ここでは、「眞に情報を活用できる君子は仁の人である」という。民を愛する君子、社員の幸福を心底願う社長こそ情報を上手に使えるというのである。紀元前の孫子の時代も今も、社員の幸福を最上の喜びとするトップが真の日本的経営者なのであると考える。幾星霜の困難な時代を経た知識こそ、厳しい競争にさらされる企業の経営に役立つ「困知」なのである。



松平 和也 ● text by Kazuya Matsudaira
1965年、社団法人日本能率協会に入職。1970年、米国より認可第一号パッケージ・ソフトウア“SCERT”を日本へ導入し販売開始。1974年、情報システム開発方法論のコンサルティング会社を設立。1975年、米国MBA社より情報システム方法論PRIDE(プライド)を技術導入、株式会社プライドの分離独立に伴い代表取締役社長に就任。2005年6月30日をもって代表取締役社長を退任。2009年、静岡大学大学院、情報学博士取得。現在、株式会社プライド創立者、株式会社システムフロンティア名誉会長、有限会社PJI会長、NPO法人日本コンペティティブ・インテリジェンス学会名誉会長、情報システム学会監事、学校法人開成学園評議委員。著書論文多数、コンサルティング企業先200社。



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