問題を明確にすることが解決の第一歩
トッテン
企業経営者そして日本国民の一人として、取り上げられるかどうかは別にして、私は講演や著書などを通して政府や政治にいろいろ提言をしています。今日は実際に政治を変える力をお持ちの、埼玉県の上田知事にお話を伺いたいと思います。知事は衆議院議員を3期務められてから県政へ移られましたが、国政と県政の違いはありますか。
上田様
野党の国会議員でしたので、自分が提議した問題については徹底的に調べ上げ、しつこく追求してきました。例えば、特別会計の改革について財務金融委員会での私の訴えに対して、当時の塩川財務相が「私も疑問を持ってきた。母屋(一般会計)でおかゆを食って節約しているのに、離れ(特別会計)で子供がすき焼きを食ってる感じだ」、と答弁されたことがあります。そうやって見直しの必要性を1つひとつ国政では訴えてきました。すっぽんみたいな性格なものですから(笑)。ただ、国政では決定権者ではないので時間はかかりました。知事になると私自身が決定権者ですから、その点は大きく異なります。
トッテン
具体的に、すぐに着手された事柄をお聞かせください。
上田様
例えば制度融資です。制度融資とは、県が金融機関に対し、利子の一部を補助することなどによって、金融機関から県の定めた低い利率で融資を行うことです。埼玉県にある企業は、その99%が中小企業で、小規模企業の資金繰りは金融機関が頼りです。資金の流れが滞ることは企業にとって致命的ですから、まず借りやすい仕組みを提供しようということで地元の金融機関と調整して無担保/無保証という新しい制度融資を作りました。これで当時1,000億円ほどだった貸出残高が4,000億円になりました。つまり県のお金の流れが良くなったということです。
こういったことは国政では実現できませんでしたが、知事の立場ではすぐに成果を出すことができるのです。
トッテン
保証人なし、担保なしで県がお金を貸し出したのですね。
上田様
もともと制度融資枠は2,000億円でしたが、貸出実績は平成14年度までの数年間は1,000億円程度でした。景気が悪化したため、制度枠を上積みしても貸出額はほとんど増えなかったのです。しかし、実際には、多くの中小企業が資金繰りに苦労していました。もちろん保証人、担保なしで貸出が増えてもそれが不良債権になっては意味がありません。ですから金融機関と知恵を絞って、この制度融資の精度を上げ、その結果不良債権などに対する損失補てんは増やさずに貸出残高を4,000億円に増加させることができました。融資によって企業の状態が良くなれば、結果的に県の税収も増えるので、これは良い傾向です。実際、私が就任した時、埼玉県の納税率は10年間下がりっぱなしだったのですが、それを上昇に転じさせました。
トッテン
納税率アップは、企業経営に例えると売上を増加させたということですね。他には、どのような施策をされたのですか。
「見える化」の効果は絶大
上田様
積極的な企業誘致も行いましたが、なんといっても納税率をV字回復させた一番の決め手は、納税率を「見える化」、つまり明解なグラフに表したことです。これは野党の国会議員時代に培った方法ですが、施策を実現させるためには証拠、説得材料が必要です。それで大臣や与党議員に問題点を指摘し、提案が正しいと思わせる必要があります。そのためには明解で的確な資料を配布したりパネルで説明する、そういったやり方を県政でも取り入れました。役所は対前年でしか数字を見ないため、納税率が下がり続けていても気づかなかったのです。現場に問題を認識させる、そのために複数年にわたる納税率の低下傾向を「見える化」しました。
日々の暮らしで住民が一番不快に感じるであろうことは、殺されたり、強盗に入られたり、放火されたり、といったことですよね。私が知事になった時、埼玉県の犯罪検挙率は全国最低でした。埼玉県は人口比で警察官の数が一番少なかったので、まず警察官の数を増やしました。次に考えたのが民間パトロールです。侵入犯罪が起こると警官が4人くらいかかりきりで対応しなければならず、ますます手が足りなくなります。しかし、民間のパトロールを組織し巡回させれば、侵入犯罪が減り、警官は凶悪犯罪の取り締まりに力を入れることができるようになり、その結果、強盗殺人や放火といった重要犯罪も減るわけです。ですから500あった民間のパトロール団体を1万に増やすことに力を入れました。
トッテン
結果は出ましたか。
上田様
もちろんです。500あったパトロール団体は現在までに5,000に増えました。重要犯罪の検挙率は平成16年には全国で下から2番目の低さだったのが27位にまで上昇しています。役所はこれまで前年比でしか数字を見ず、全国順位を意識したことなどなかったのです。しかし「見える化」により、事実を知れば努力をするし、解決策を考えるようになる。そうなると結果は自ずと出てきます。
トッテン
まさにデータの見える化、透明化が奏功したわけですね。企業経営も県政も全く同じだと言えます。
上田様
実態をグラフや表にすれば、犯罪が増え、検挙率が減っている、といったことは一目瞭然となります。見える化することで犯罪を減らして検挙率を上げよう、と意識するのは当然のことです。交通事故なら、どこで起きているかを徹底的に調べる。すると交差点が6割だとわかる。それなら交差点の改良事業をすればあっという間に事故は減るわけです。何が原因で、何が問題かがわかれば、それを解決するにはどうすれば良いかを考えられる。役所ですから、住民の役に立たないと意味がないじゃないですか。
今ここにある危機
トッテン
東京に隣接していても、埼玉県には秩父、長瀞ほか、豊かな自然がたくさん残っています。環境問題への取り組みをお聞かせください。
上田様
環境問題は、例えば高齢者福祉や介護問題のような「今そこにある危機」にならないので後回しになる傾向があります。実際、埼玉県は30年間で平地林を中心に6,500ヘクタール以上の緑を失いました。そこで、それを8年間で取り戻そうという「みどりの再生」プロジェクトに着手しました。今年で3年目になり、今のところ2年間で1,550ヘクタールを再生しました。財源は自動車税の一部を充て、植樹、屋上緑化、芝生化などに、年間14億円投資しています。
トッテン
弊社も社員に農業を勧めているのですが、埼玉県では学校で農業プロジェクトがあると伺ったのですが。
上田様
昨年から始めました。これは休耕田対策も兼ねているのですが、すべての小中学校で農業体験活動を行なう学校ファームに取り組もう、というものです。子供たちに自然体験について質問すると、よく「お芋掘りが楽しかった」というような答えが返ってきます。それよりも自然の生態系、生命の営みを見て欲しい。水田を作り、田植えをすれば、自然に虫や鳥、生かし生かされる生命の論理を一年を通して体験できます。子供たちが田植えや稲刈に参加するのはもちろんですが、地元の農協や保護者にもお手伝いいただいています。現時点で小学校は9割、中学校では約3分の2が田植えなどの農業体験活動を実施しています。
トッテン
しかし埼玉県の都市部にある学校などでは、農地の確保は大変なのでは?
上田様
埼玉県には都会でも田園があるのです。さいたま新都心に隣接して豊島区と同じくらいの広さの緑地空間である見沼田圃が広がっており、約500ヘクタールの農地があります。
もう1つ、川の再生にも取り組んでいます。埼玉県は利根川、江戸川、荒川など大きな川が流れていて県土に占める河川の面積割合が日本一なのです。しかし、どぶ川では威張れない、ということで清流に戻すプロジェクトをやろうじゃないか、と始めたのです。このプロジェクトのポイントは、市民による環境美化運動が活発な場所を対象に行うということです。市民が積極的に活動していないところはやりません。
トッテン
市民主導で行っている運動を助けるのが役所だということですね。
上田様
その通りです。先導モデルとなった場所が5箇所ありますが、それを見ると皆さん驚かれます。ヘドロ化していたところを浚渫したり、水草で浄化したり、奇跡のような変化を起こしています。これらを見れば、「よし、うちでもやろう」という気持ちになると思います。目標は4年間で100箇所ですが、こちらも着実に成果が出ています。
トッテン
それにしてもこの「見える化」チャートは圧巻ですね。こういうデータを目にすれば、嫌でも問題を認識せざるを得ないでしょう。
上田様
知事は埼玉県のリーダーで、リーダーというのは人々をまとめ、説得して、より良いものへと変えていくことがその務めだと思っています。事実を目にすれば反論はできません。
トッテン
今日は経営者にとても刺激になるお話をいただき有難うございました。