英雄願望
政治体制、支配機構が大きく変わる時には英雄的人物が登場します。
平安貴族支配が崩れ、源平の争乱で混乱した時には「義経」という英雄が登場します。彼は軍事的天才でしたが、政治体制を動かしたのは清盛、頼朝でした。しかし、この時代を語る時の英雄は義経です。
その後、武士による支配が分裂し、戦国の混乱に陥りましたが、この混乱を鎮めた英雄は「信長」です。新技術を大胆に採り入れて、鉄砲と商工業資本で日本を統一に導きました。安土桃山文化です。
ところが、家康による反動政権ができ、農業中心の経済体制に戻り、260年もの間、閉鎖社会の中に埋もれました。この閉塞感を破ったのが黒船来航です。
国内は一気に混乱に陥り、そして英雄「龍馬」が登場します。日本は農耕文化で英雄が出にくい…などと言われますが、農耕文化と英雄出現は関係ないと思います。英雄が必要となるほどの社会混乱があまりなく、変化への順応性の高い国民性で、「和をもって…」で収まってしまうから、英雄が出ないのです。「和をもって…」では収まらない時、英雄願望が出ます。
黒船のもたらしたもの
黒船の出現は「攘夷か開国か」という大きな政治運動を巻き起こしました。この命題については議論の余地はありません。攘夷で国民の意思は揃っていたのですが、その可能性で意見が割れました。追い払うことが「できる」と考えたのが攘夷派です。一方、それは「無理だ」と考えたのが開国派です。積極的に開国を考えたわけではありません。仕方なしの開国なのです。この2つの意見は、野次馬が外野席から見ていても勝負は歴然としています。勇ましく攘夷を叫ぶ方に分があります。嫌々ながらの開国派に人気は出ません。
それとは別に、黒船はあらゆる分野で、海外の情報を大量にもたらしました。科学技術、政治体制、法律、経済…。特に経済では、為替レートという未知の世界に日本を引きずり込みました。徳川幕府は、この経済の世界で失政を繰り返して自滅したのです。倒幕運動で倒れたのではなく、自ら崩壊したのです。
為替レートの魔術
アメリカ公使ハリスは、日米和親条約の付則として為替レートの取り決めをします。日本の主要通貨であった二分銀とドルとの交換比率です。詳しい説明は省略しますが、このレート設定で幕府の官僚は大失敗します。日本の金貨(小判)は、なんと世界基準の3分の1に設定されてしまいました。これによって日本の物資は実質の3分の1で輸出されます。外国の商品は3倍の価格で輸入することになります。これで大砲、軍艦を大量に買うのですから、あっという間に財政破綻です。
幕府は調印後にそれに気づいて改定交渉を仕掛けますが、ハリスは聞く耳を持ちません。ハリス自身がこれを利用して大金を稼いでいますからね。英仏などもアメリカと同等に…と、知らん顔で稼ぎまくります。幕府は仕方なしに金銀の改鋳に走ります。小判の金の含有量を3分の1にしたのです。国内経済は猛烈なインフレですよね。給与所得者の武士階級の給料は、自動的に3分の1に減給されてしまったのと同じことです。貧窮した武士による革命、明治維新のお膳立てができ上がりました。
脱藩浪人
攘夷運動を盛り上げたのは、諸国から流れてきた脱藩浪人です。坂本龍馬もその1人ですが、彼らの多くは江戸や長崎で学問や剣術を修行してきました。したがって、他の藩士たちより情報量が豊富な、文武両道の秀才が多いのです。黒船来航と幕府の弱腰外交に我慢ができず、江戸に集まり、そして攘夷の中心地、京の都に流れ集まっていきます。
東山三十六峰、草木も眠る丑三つ時、突如響き渡る剣戟の響き…の幕開けです。朝廷や幕府を翻弄した政治家は、長州の桂、土佐の武市、薩摩の大久保などですが、実行部隊として諸藩の連絡や、テロ活動をしていたのは、彼ら、脱藩浪人でした。
当時日本に来ていた諸外国の商人、外交官たちは彼らを「ローニン」と呼んで恐れおののいていました。外国人から見れば、恐るべきテロリストですからね。本国への報告書には「ローニン」の文字が多く見られます。
プロフィール
文聞亭 笑一(本名:市川勝一)
1943 長野県松本市生まれ
1966 信州大学工学部卒
同年 立石電機(現:オムロン(株))入社
営業、企画、情報部門を経て
1997 オムロンネットワークアプリケーションズ(株)
代表取締役社長
2000 オムロンアルファテック(株) 代表取締役社長
アシスト・ユーザ会「ソリューション研究会」役員
現在 ヒューマンウェア(株) 顧問
轍産業(株) 顧問