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講師:田中危機管理・広報事務所 所長 田中 正博 氏
企業における危機管理とは ~コンプライアンスとクライシス・コミュニケーション~
本稿は2004年7月および9月に東京、名古屋、大阪で行われた「ソリューション研究会-定例会」における、元 株式会社電通パブリックリレーションズ専務で、現在、田中危機管理・広報事務所 所長 田中正博様によるご講演の一部を抜粋したものです。
本日は、企業の危機管理について、事例を交えながらお話しする。業種や職種や企業規模が違っても、人が組織を作っている限り、危機管理の基本はすべて同じである。それが長年、様々なお客様の危機管理をさせていただいた私の結論でもある。
■ 環境の変化と新たな企業危機
急速な環境の変化により企業の1年先はわからないような時代において、もっとも憂慮すべき企業危機はブランド企業で多発しているコンプライアンス違反である。高度成長時代、ブランド企業はそのブランド力を活かしてマーケットシェアを伸ばしてきた。しかし景気が低迷してくると、努力してもなかなか目標達成できにくいがゆえについ、第一線の現場-例えば、営業、商品開発、設計、生産などの現場では、心ならずもコンプライアンス違反すれすれの行為が発生することになりがちである。一方、ブランド企業はほとんどが数多くの関連会社、子会社で成り立っているが、この子会社や関連会社で不祥事が生じ易い。このため、明確なマーケティング戦略とともに、親会社から関連会社を含む危機管理を周知徹底しておく必要がある。天災は突然起きるが、コンプライアンス違反は人間の心に起因するもので、予防しようと思えば予防できる。コンプライアンス違反に関する問題は法的のみならず、社会的に大きな責任を問われ、これまで不祥事を起こした企業の6割近くのトップが引責辞任をしている。今や危機管理の中でもコンプライアンスは最も重要なウエイトを占めている。
コンプライアンス違反を起こす原因は主として6つ挙げられる。
①それが違反行為だとは知らなかった(認識不足、無知や過失)、②何となくやっていた(慣習や先例)、③面倒くさいので、つい(手抜き)、④立場上つい隠蔽してしまった(自己保身)、⑤会社のために何とかしなくては(誤った組織防衛意識)、⑥何としても目標達成しなくては(誤った達成意識)
認識しておくべきことは、コンプライアンス違反は、無知から発生するのではなく、心ならずも犯してしまう“人間の心の弱さ”から発生するという点である。これは現場レベルだけではなく役員も同じである。コンプライアンス違反が多発するほとんどの原因はここにあり、この心の部分を対象とした意識啓発が必要である。
数値目標の設定はどの企業にとっても不可欠である。目標数値の達成は重要であるが、しかし、たった一人の不心得社員がその達成のために違法行為をすると、結果として会社全体に大きな危機を招くことになる。従って、会社として常に目標数値を指示する際に「いかなる理由があるにしろ、その達成のプロセスにおいてコンプライアンス違反があった場合は、ただちに厳罰に処する」ということを明言し、マネージャ以下、全社員に徹底することが重要である。危機管理意識を部下に浸透させるには、難しい理屈や抽象論ではなく簡潔な言葉こそが相手の心の中の記憶に残り、自己啓発になる。
企業の規模や業種業態、地域を問わず、一番のベースにあるのはビジネス上の倫理観である。かつてすべてのブランド企業が持っていたこの商道徳を基礎に、コンプライアンスというレールの上を走らなければならない。コンプライアンスは企業が生き延びる必須条件なのである。
■ 企業危機を招く社内原因
組織を作っているのが人間である以上、組織に危機を招く3つの人的原因がある。
1.最大の原因「現場の危機意識の欠落」
管理職は現場にコンプライアンス意識の風を送る扇風機とならねばならない。年に1、2度の研修ではなく、組織の末端まで常にコンプライアンス意識を忘れないように送り続ける。意識は時間とともに劣化することを忘れてはならない。
2. 管理職の誤った収益(コスト)達成意識と部門内処理
一流企業で起きる不祥事は、中間管理職によって起こされる場合が多い。これは数値目標達成のために、つい、やってはいけない領域(コンプライアンス違反)に足を踏み込んで目標達成をした形にしてしまうというもの。この誤った収益(コスト)意識がコンプライアンス違反の原因となるケースが最も多い。また自己保身のために、単純なミスを「部門内処理」として片付けようとしたことが、結果的にコンプライアンス違反を招く。
3.問題があっても指摘しにくい「職場風土」
日本経団連のある調査によると、不祥事の原因は「問題があっても指摘しにくい職場風土にある」との回答が53.8%、続いて「経営陣の自覚が乏しい」という結果となった。不祥事を起こさないようにする予防策の第一位は、「問題を指摘できる企業に改善する」という結果であった。問題を指摘しにくい「風通しの悪い職場」はいつかコンプライアンス違反を招く。このため、おかしいことはおかしいといえる“風通しのいい”職場風土が重要である。組織の危機の一因が、上司と部下、関連部署とのコミュニケーションの欠如に端を発していると考えると、管理職として上に立つ人の心得がますます重要になる。管理者には日ごろから部下とのコミュニケーションを図るとともに、何かが起きた時には最小のダメージで済むよう判断指示できる危機管理能力が最も求められる時代になった。
■ 危機管理意識を高めるために
意識さえあれば必要な知識は、今ではいくらでも迅速に収集できる。危機管理で重要なのは「知識」よりも「意識」である。したがって従業員に知識を詰め込むのも大切だが、もっと重要なことは「危機管理意識」を「具体的な行動指針」としてわかりやすい言葉で、部下に伝えることである。
危機管理意識があれば危機は避けられるからだ。では、危機管理意識とはどういうことなのか?それは毎日の自分の仕事の中で「ちょっと変だな・・?」「本当に大丈夫かな・・?」と感じる意識を常日頃から持つことである。何に対してもこれらを胸に刻みながら仕事をしていただきたい。そして「変だ」と思ったらすぐに上司に報告する。ダブルチェックをすることで、“職場の危機の芽“を早期に発見し、摘み取ることができる。この言葉をスローガンとして職場にポスターなどを貼っておくことを実行されたい。管理職だけが危機管理を知っていてもだめで、従業員一人一人に自覚を持ってもらうことが重要なのである。
危機管理は会社や社長の仕事だと思っている従業員が多いが、危機管理は誰のためでもなく「自分と自分の家族の生活を守るため」にあるということを社員に自覚させなければならない。
■ コンプライアンスのための行動規範
“無知”からコンプライアンス違反をする者はいない。実は「誰も見ていないだろう」「誰にもわからないだろう」という気持ちがコンプライアンス違反を誘惑する。従って、逆に、「いつも誰かが見ている」「誰かに見られている」という意識があれば違法行為の大きな抑止効果になる。この意識を従業員に浸透させることがコンプライアンスを維持させる秘訣なのだ。これをまとめたものが次の7つの行動指針である。各社でアレンジし、ご活用いただきたい。
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コンプライアンスのための7つの行動指針
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1.いつも「誰かが見ている」「誰かに見られている」という意識で仕事をしよう
- この意識さえあれば、コンプライアンス違反は自ずとしなくなる
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2.いつも「ちょっと変だな・・・?」「本当に大丈夫かな・・・?」という意識を持って仕事をしよう
- この意識さえあれば企業危機は事前に回避できる
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3.クレームは大事な恩師や先輩からだと思って対応しよう
- この自覚があればお客様とのクレームリスクは避けられる
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4.その判断や行動は社会から批判されないかを自問しよう
- この気持ちがあれば企業倫理をはみ出さずに済む
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5.おかしいと思ったこと」は「おかしい」と素直に上司に問おう
-「会社のため」「上司の指示で」は通用しない
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6.「ヨソでもやっていること」という甘えの判断はよそう
- 業界慣習、先例主義に潜むリスクが危ない
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7.それを「敏腕な社会部記者」が知っても問題にならないか、自問しよう
- 企業批判や非難はマスコミがどう見るかによって決まる
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■ 危機発生時の初期対応
それでも危機が発生した場合にどのような対応をすべきであろうか。まず、リスクを招いた部下を「その場」で叱らない。叱ると事実を話さなくなる。大切なのは「事実の掌握」「原因の究明」と再発防止策の着手である。「叱る」「処分」は1ヵ月後でもできる。
職場の不祥事を自己保身から隠蔽しない。不祥事は必ず表面化し、自己保身からの隠蔽は結果的に自己破滅を招くことになる。
悪い情報は「2時間以内」にトップに報告する。管理職は5W1Hの情報を確認してから、とか、自分の部署内に止めようとするが、危機発生時はスピードが命である。全体像を把握してから上司に報告するのでは遅い。情報のスピードの差が対応の遅れを生み、社会やマスコミからの批判を招くのである。
問題を自分のポストを離れて見直す。役職者の場合、自分の地位のしがらみから客観的な判断が難しくなるが、「リスクかどうか」は会社ではなく社会が判断することである。危機発生時の「判断のモノサシ」は「社会がどう見るか」にあるのだ。商道徳が非常に厳しく問われる時代では、たとえ法律的に問題がなくても、社会的、道義的、倫理的責任を問われることを忘れてはならない。
■ クライシス・コミュニケーションの重要性
予防策だけでなく、最近の危機管理で重要視されているのは不測の事態発生後の対応である。これは「クライシス・コミュニケーション」と呼ばれ、問題発生時の組織内でのコミュニケーションのあり方の適否が、その後の企業の信頼感を大きく左右する。実際、危機管理に失敗したといわれるのは、その原因よりも対応のまずさを指摘することが多い。会社に大きなダメージを与えるのは、危機発生後の対応なのである。「クライシス・コミュニケーション」は、リスク発生時、その影響やダメージを最小限にとどめるために「情報開示」を基本にした内外の様々な対象に対する「適切な判断」に基づく「迅速なコミュニケーション活動」のことである。
クライシス・コミュニケーションは、社会からの不信感や批判を軽減する上でも極めて重要だ。クライシス・コミュニケーションとは、平たい言葉で言えば「人は起こしたことで非難されるのではなく、起こしたことにどう対応したかで非難される」ということなのである。「危機発生後の対応の適否」がその後のダメージを左右し、「経営の危機」を招くのは「クライシス・コミュニケーションの欠落」が原因であることを忘れないでほしい。
例えば、医療ミス事件で記者会見をしたのは良かったが、謝罪のみのわずか5分という会見にマスコミは唖然とした。翌日の新聞に「わずか5分、信頼裏切る」という記事が報道されたという事例がある。要は「再発防止策」「原因説明」を最初からきちんとしておけば非難されることはなかっただろう。これなどはクライシス・コミュニケーションの失敗であろう。
事故を起こしながらも後の対応で評価されたケースもある。旭化成の延岡のレオナ工場で起きた火災発生で、発生と同時に本社から総務部長兼リスク室長が「役所、マスコミ、地域住民に対してメモ程度の内容でもいいからすべての情報・対応を開示しよう」という基本方針を出した。工場が燃え続けるなか、迅速に4回も記者会見をし、トップの記者会見終了後、3時間半たってようやく鎮火した。これまでは鎮火後に記者会見をするのが普通だったが、このケースは対応を迅速に行い、あらぬ批判や疑惑が出る前にどんどん情報開示したのである。この旭化成の火災報道は事実関係の報道に終始し批判、疑惑報道がほとんどなかったのは情報開示を隠さず迅速に行ったことにある。そしてそれが結果的に会社の信頼、不必要なダメージを最小限に抑えたのである。
クライシス・コミュニケーションの3つのキーワードは①「スピード」(迅速な意思決定と行動)、②「情報開示」(疑惑を招かぬ徹底した情報開示)、③「社会的視点からの判断」であり、これからも企業にとって重要なポイントとなるだろう。不幸にして何かが起きた場合、是非、クライシス・コミュニケーションの立場から対処をしていただきたい。
| 講師プロフィール |
| 田中危機管理・広報事務所 所長 田中 正博 様 |
| 昭和13年生。秋田県出身。早稲田大学卒業後、昭和37年に、株式会社電通パブリックリレーションズに入社。常務、専務、顧問の要職を歴任。この間、数多くの企業・団体のイメージアップ、販売促進、活性化対策などの企画・立案、実施に携わる。2002年、同社を退職し、田中危機管理・広報事務所を設立、所長に就任。最近は企業不祥事、欠陥商品、行政処分問題、消費者問題など企業・団体が直面した「危機管理」のコンサルタント業務に従事している。 |
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