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シンガポール視察で見えた、AI実装の現在地

作成者: Shinnosuke Matsuyama|2026/04/10 6:08:44

 

 

速すぎる世界」と「動けない現場」の間で、僕らが見つけた落とし所

 

2026年1月26日、深夜。羽田を発った機内でも、頭の中にはまだ日本に置いてきた仕事が少し残っていました。

 

けれど、チャンギ空港に降り立ち、あの独特の熱気に包まれた瞬間、思考のスイッチが強制的に切り替わりました。

アシストAIテラス(AIT)を立ち上げてまだ日が浅いこの時期に、なぜシンガポールなのか。

 

「最新トレンドの視察」なんて格好のいい言葉で片付けるのは簡単ですが、本当の目的はもっと別のところにありました。自分たちが日本で向き合うAI導入の難しさを、現場の温度感ごと確かめに行く旅です。

 

同行したのはAITの河井でした。予定表は真っ黒で、観光気分を挟む余地はありませんでした。

 

EAAI2026:話題の中心は派手さより運用

 

最初に向かった「EAAI2026」の会場。そこで感じたのは、一種の「冷徹さ」でした。

数年前までの、新しいモデルが出るたびに世界が狂喜乱舞していた空気はありません。そこにいたエンジニアや経営者たちが議論していたのは、もっと地味で、それでいて逃げ場のない話ばかりでした。

 

「精度99%の壁をどう超えるか」ではなく、「残りの1%で事故が起きたとき、誰がどう責任を取り、どう記録を残すのか」。データのノイズ、長文読み込みの限界、プライバシー、ハルシネーション(もっともらしい嘘)。つまり、AIを「魔法」としてではなく、「道具」としてどうメンテナンスし続けるか、という実装の現場の苦悩です。

 

私はブースを回りながら、河井と頷き合いました。

「日本で“AIを入れてみました”で止まっている企業が、この先でぶつかる論点が、ここにはひと通り出そろっているな」

少なくとも会場では、『何ができるか』より『どう運用するか』の話が中心でした。関心は、AIをどう企業の業務に定着させるかという運用の話に、はっきり移っていました。

 

後ろ向きに、ボートでも漕ぎたいのか?

 

今回の出張で、最も忘れられない、そして最も苦い一幕があります。タスク実行型エージェントの最先端を走る「Manus」の担当者との面談です。

 

「なぜ、AITはそんなに履歴(ログ)にこだわるのか?」 

 

彼が苛立ちを隠さずに放ったその一言を、私は今も鮮明に覚えています。

 

私たちは、日本のエンタープライズでAIを動かすために絶対に避けて通れない「ログ(履歴)」や「監査」の話を執拗に繰り返していました。誰が、いつ、どの権限で、どのデータを使ってそのタスクを命じたのか。その証跡がなければ、日本の大企業は動かない。

けれど、スピードを最優先する彼らにとっては、それが前に進む足を止める話に見えたのだと思います。

 

 

「私たちのエージェントは、未来のタスクを完遂するために動いている。ログを辿ることに、何の意味がある?」

 

その場の空気が、一気に張りつめたのを覚えています。

 

隣の河井と一瞬、視線を交わしました。河井の目には「やっぱりな……」という、どこか諦めに似た色が滲んでいました。私たちの要望は、彼らにはスピードを鈍らせる条件に見えていたはずです。

 

 

「日本では、結果がすべてではないんだ」

私は、自分の英語がひどく頼りなく、情けなく感じながらも言葉を絞り出しました。

 

「プロセスの透明性が示せない限り、どれだけ性能が高くても日本では通らない。だから私たちは、安心して使える形にまで落とし込みたい」

 

少しのあいだ、誰も口を開きませんでした。

 

彼らの「速さ」と、私たちの「重さ」。歩み寄れない何かがそこには確かにありましたが、同時に、その「重さ」を引き受ける存在がいない限り、この素晴らしい技術が日本の現場に根付くことは絶対にない、という確信が私の中に芽生えました。

 

最終的に、私たちとはDesign Partnerとして一緒に進めていく方向で合意しました。単に製品を売る関係ではなく、日本特有の「壁」をどう乗り越えるかを共に考える。その第一歩は、この衝突から始まったのです。

 

AIインフラの話は、結局かなり物理的だった

 

AIの話をすると、どうしてもクラウド上のふわふわしたイメージになりがちです。けれど、シンガポールで出会ったAIインフラ企業の担当者が語ったのは、もっと生々しい「物理」の話でした。

 

「結局、AIは電力と冷却の話なんだよ」

 

彼は、GPUの性能自慢など一度もしませんでした。代わりに、800VDCという高電圧による給電効率や、巨大なサーバーを冷やすための液冷システムの構造について、熱っぽく語りました。

 

AIという最新の知能を支えているのは、太いケーブルと、絶え間なく回るファン、そして膨大な熱を処理する物理的な設備です。

会議室で語られるAIの裏には、給電や冷却のような地味で重い現実がありました。それを知っているのと知らないのとでは、AIの実装を語る言葉の重みが全く違ってきます。

 

導入後の姿を見せない限り、AIの話は現実味を持たない

 

視察の合間、私たちはアートサイエンスミュージアムにも足を運びました。観光のためではありません。「AIという目に見えないもの」を、どうやって人に伝えるかというヒントを探しに行ったのです。

そこには、2050年のシンガポールが描かれていました。言葉による冗長な説明はありません。

 

未来都市のビジュアル展示(単なる空想ではなく、今の街の延長線上にある未来として見せていたのが印象的でした)

2050年のシンガポール構想図(海面上昇という過酷な現実を、浮体型のエネルギーシステムという解決策に変換し、地図として提示する。その「見える化」の力に圧倒されました)

 

AIを導入しようとする企業の担当者に、100ページの仕様書を渡しても、彼らの心は動きません。

 

「この技術を導入したあと、あなたの会社の社員は、どんな顔をして働いているのか」

 

それを、このミュージアムの展示のように「体験」として見せることができたとき、初めて組織は動き出す。

相手に必要なのは機能一覧ではなく、導入後の業務の状態を具体的に想像できる材料でした。

 

結び:現在地を確かめるための旅

 

シンガポールでは、数年後に日本でも問題になる論点が、すでに目の前の実務になっていました。

けれど、3日間の強行軍を終えて私が感じたのは、「海外はすごい」という単純な感銘ではありませんでした。

 

むしろ、先端技術と日本の現場との間にある、絶望的なまでの「距離」です。言語。商習慣。ガバナンス。そして、変化に対する恐怖。

 

Manusの担当者に「後ろ向きに漕いでいる」と笑われたあの瞬間。それこそが、私たちの存在意義が明確になった瞬間でした。彼らの全速力で漕ぎ進むモーターボートに、日本の企業が安心して乗り込めるようにすること。それが、アシストAIテラスの役割です。

 

視察で終わらせず、実際の導入手順や権限設計まで持ち帰る必要があると感じました。

チャンギ空港へ向かうタクシーの中で、私は河井と、次のアクションについて話し始めました。シンガポールの湿った夜風が、少しだけ心地よく感じられました。

 

御社の業務に当てはめるなら、どの業務から始め、どこまでログを残し、誰に承認してもらうかまで含めて整理できます。Manusとの提携で得た「日本仕様の攻略法」について、一度お話しさせていただけませんか。