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仕事と趣味の融合を楽しむ社員

[掲載媒体]INSIGHT NOW!
[日付]2012年9月27日


今夏、株式会社アシストは従業者全員が日常的に利用する社内のPC 950台について、OSをWindowsからUbuntu(ウブントゥ)へ全面移行した。

仕事と趣味の融合を楽しむ社員

株式会社アシスト
サービス事業部 サービス推進統括部 サポートセンター1部 5課
阿蛭 栄一(あびる えいいち)

2000年、アシストに入社。Oracleのウェブ関連製品のサポート担当を経て現在はUbuntu Advantageのサポートを担当する。




Ubuntuは、誰もが無償で利用できるオープンソースのLinuxカーネルをベースにしていて、デスクトップ版とサーバー版がある。コミュニティで開発されているUbuntuは、個人に限らず企業も無償で使え、用途も問わない。しかもOSとしての機能はWindowsにも引けを取らず、ワープロやメールソフトからサーバソフトウェア、プログラミングツールといったソフトウェアが含まれている。

アシストでは2006年から、オープンソースのオフィスソフトであるOpenOffice.orgの社内導入に取り組み、2007年2月には全社標準のオフィスソフトとして運用を開始した。OSについても、昨年6月から企業向けにUbuntuサポートサービスを開始したが、それにあわせて全従業員が利用する業務用PCもUbuntuへ移行することにしたのである。

このUbuntuへの移行プロジェクトにおいて活躍したのがサポートセンターの阿蛭(あびる)栄一だ。阿蛭は今年1月から、社外向けのUbuntuサポートサービスである「Ubuntu Advantage」のサポートを担当しはじめ、全従業員がUbuntuへ移行することになってからは社内のUbuntu PCのヘルプデスク業務も合わせて担当するようになった。

もともと別製品のサポートを担当していた阿蛭がUbuntuのサポートに異動したのは、社内でもLinuxなら阿蛭が詳しい、と白羽の矢が立ったためだ。阿蛭のコンピュータ歴は長く、使い始めたのは小学生の時だった。

「コンピュータとの出会いは4年生でした。YAMAHA製のMSXで、とにかく使い方を覚えたくて小学生向けのパソコン教室に通い詰めてすっかりハマり、高校、大学と情報系の専門学科に進学しました。Linuxは大学時代、同じアパートに住んでいた同級生が富士通のFM-TownsでLinuxを使っていたのでその存在を知りました。確かバージョンはまだ0.9ぐらいだったと思います。でも当時私が使っていたNEC PC-9801シリーズではLinuxの移植が不充分だったので、FreeBSD(98)という、別のオープンソースのUnixライクなOSを触って遊んでました。実際にLinuxを触るようになったのは、2000年にアシストに入社してOracleのサポートに配属になってからです」。2004年には阿蛭は自宅PCからWindowsを完全排除してLinuxに移行し、2007年からUbuntuを使ってきた。

小学校のパソコン教室から始まったコンピュータとの関わりで、今では家でも仕事でもパソコンなしの生活は考えられないという阿蛭は、自称“仕事と趣味の境界線がない人間”だ。

「誤解を恐れずに言えば、楽しくないことは頑張れない性格なのです。以前、考課面談で上司に“ボーナスを微増するよりも、面白い仕事をください!”と言って呆れられたこともありました。もちろん、仕事は生活費を手に入れる手段ではあります。それでも、自分が楽しいと思えない仕事に人生の時間を浪費することは、命の無駄遣いだと本気で思っています」

2000年4月の入社以来11年間、阿蛭はOracleのアプリケーションサーバやJava関連製品のサポートを担当してきた。Java関連のスキルを身につけるべく愛読書としたのは、『Javaプログラミングレッスン上・下』(結城浩著)だった。入社2年目、Miracle Linuxがリリースされ、当時の上司にMiracle Linuxのサポートはやらないのですかと尋ねたが、軽く一蹴されたと阿蛭は回想する。しかしそれから、時代はあきらかにオープンソースを後押しし、アシスト社内ではオフィスソフトだけでなくパソコンのOSまでもがLinuxベースとなった。

「最初にUbuntuを全社導入すると聞いた時は、思い切ったというか、無茶な決定をするなあ、と思いました。同時に、Windowsが当たり前であった時代が少しずつ変化を始めているのだと改めて実感しました。あとは社内でLinuxをクライアントPCで堂々と使っていいんだ、ということが、素直に嬉しかったです」

なぜ阿蛭はLinuxやオープンソースに惹かれ、こだわるのか。 「オープンソースは、端的に言えばソフトウェアの開発手法の一つですが、実際そこで行われていることは、もっと広い意味を持つように感じます。単にソースコードを一般公開するだけでなく、プロジェクトやコミュニティに関わるすべての人々と情報を共有し、様々なリソースを分かち合い、開発者とユーザという従来の枠組みを超え、ソフトウェアのダイナミックな進化や成長を促すための挑戦という点がオープンソースの本質なのではないかと思います。もちろんこれでプロプライエタリなソフトウェアが消滅するとは考えていません。でもこれから先、私たちの生活に大きな影響を与えるような革新的なソフトウェアが生まれる場所は、どこかのソフトウェアベンダーではなく、オープンソースコミュニティへと移って行くと思います」

そのような状況の中、ソフトウェアやシステムの中核を成すOSというジャンルで、今後Linux、ひいてはUbuntuが果たすべき役割は非常に大きく重要なものになっていくだろう。阿蛭はこうも言う。

「Java以外で日常的に読む本には、聖書があります。マタイによる福音書10章8節には、十二使徒を宣教に派遣する際の『ただで受けたのだから、ただで与えなさい』というイエスの言葉があります。これは大好きな御言葉の一つなのですが、オープンソースの本質は無料であることだけではありませんが、この聖書の御言葉と、オープンソースに流れている哲学は根底の部分で何かを共有しているように感じられるのです」

▲上司の並木

阿蛭について、上司である並木はこう語る。 「Ubuntuの社内導入の伝道師として、全国行脚してもらいました。市ヶ谷をはじめ、各支社、営業所において、一斉講習会を開催しUbuntu導入をすすめましたが、そのほとんどの約10回にわたり講師を担当しました。受講者に対して、親切、丁寧に、そして分かりやすく説明し、2期中に全社導入を達成できたのは、阿蛭さんの貢献があったからこそと思います。積極的に問題解決にあたり、利用者側の立場にたった対応を心がけている姿勢は、今後のUbuntu社内利用推進でも活躍してくれると大きく期待しています」

社内でLinuxを使えるようになっても仕事にストレスはつきものだ。そのために阿蛭もジムのプールで泳いだり休暇をとって断食にいったりと、気分転換は欠かせない。ただ、仕事と趣味の境目がないゆえに、自宅のPCに新しいバージョンのUbuntuや他のディストリビューションをインストールすることもリフレッシュになるところが他の人とは違っているかもしれない。

「もともとアシストのことを知ったのは、在学していた北海道情報大学のゼミで『なぜUNIXのような素晴らしいOSが一般に普及できないのか?』という議論をした際に『オフィスソフトが無いからでは?』という意見が出て、皆でUNIX上で動くオフィスソフトを探した時です。その時見つけたのがApplixwareというオフィスソフトで、大学で導入していたHP-UX版のApplixwareを取り扱っているベンダーがアシストでした。そして就職活動中、たまたま合同就職説明会のブースに『アシスト』のロゴを見つけたのが今日につながっています」

無償で自由に誰でも利用できるオープンソースソフトウェアは、アシストのように自社でソフトウェアを開発せず、ソフトウェアのサポートサービスに注力するビジネスモデルに相応しい。今後Ubuntuをはじめとするオープンソースソフトウェアは、アシストが提供するサポートサービスの真価を問う製品になってくることは間違いないだろう。

自分が試行錯誤して操作していたコンピュータや、自分が書いたちょっとしたプログラムやスクリプトなどが自分の意図した通りに動いた時が最高に気持ちいい瞬間、と阿蛭は言う。それは小学生の時に触ったMSX-BASICで初めて「PRINT 1 + 1」を作動した日から今日に至るまで、変わることなく彼の原動力になっている。学生時代からその技術と思想を含めて魅了されてきたLinuxを社内外にサポートする日々、阿蛭にとって仕事と趣味が融合した時間となりつつある。

(文責: 株式会社アシスト 広報部 喜田 真弓)


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