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年収6割で週休4日になったら

[掲載媒体]INSIGHT NOW!
[日付]2011年10月4日


ある日社長から、『来たるエネルギー資源の減耗と価格高騰により経済活動が停滞した時に備えて、今から消費を減らし、家庭菜園などを始めるように』というメッセージが届いたら、あなたならどんな反応をしますか。

アシスト農業プロジェクトメンバー

農業クラブメンバー
米倉 朋子(よねくら ともこ)、伊藤 美子(いとう よしこ)、
荒良木 崇(あらき たかし)、 牧野 昌宏(まきの まさひろ)




「世界的な恐慌によって日本経済が停滞すれば、会社の売上も減少します。会社はリストラはしませんが、その代わり給与や賞与の削減は余儀なくされるでしょう。そうなった時、自分や家族を守るために、これまで他者にお金を払ってやってもらっていたことを自分でできるように学んでください。例えば自分の食べる野菜を作ること、衣服を修繕すること、家庭で必要なものを自分で作ったり修理すること。そうすれば、減った給与でも健康で幸福な生活を送れるはずです」。こんなメッセージが社長からきたら、あなたはどんな反応をするだろうか。

2008年8月、アシストの社長ビル・トッテンは全社員に電子メールを送った。そこには、来たるエネルギー資源の減耗と価格高騰により経済活動が停滞した時に備えて、今から消費を減らし、家庭菜園などを始めるようにということが書いてあった。その流れから洋裁教室が始まったことは以前紹介した(手仕事楽しみ隊 ~ 洋裁教室のススメ ~)。

この社長のメッセージを読んだ時の感想を、西日本支社業務課の米倉朋子はこう語る。

「不景気になるとリストラに流れる企業が多い中、社員と家族を守るための提言に、ある種の感動を覚えました。たとえ給料が下がったとしても、それに見合った生活をすれば、基盤があるのですから安心して生活できます。お金を出して人にしてもらっていたことを、自分で行うことにより節約に繋げるという発想に感心もしました。若かりし頃、既製品を補正して着ていたため、補正代金だけで洋服が作れるのでは?と洋裁を習いました。それに近い感覚です。年を重ねる毎に作る意欲もだんだん薄れ既製品に頼るようになってきましたが、忘れていたことを思い出させてくれた瞬間でした」

▲トッテンが作った農業クラブの初期メンバーの一人である米倉朋子

アシスト社員に家庭菜園を勧めるためにトッテンが農業クラブを作ったのは2006年。西日本地区で活動が開始され、米倉は当初からのメンバーの一人である。

「それ以前から父が自宅で家庭菜園をしており、子供の頃には、イチゴやトウモロコシを自宅の片隅で育ててくれ、トウモロコシは生でも甘いと知りました。言葉で覚えていたのではなく口が『美味しい』を覚えていたからでしょうか。ですから農業プロジェクトが発足し、すぐにやってみようと思いました」

現在、米倉は自宅の庭で計2坪程の家庭菜園をしている。主だった作業は週末に行っていると言う。

「菜園をしていると家族との会話が増えることは間違いないです。一緒に種を選ぶところから、芽が出た、支柱を立てよう、この前いつ肥料を与えたかな、こんな虫が出てきた・・など。それにご近所との会話も増えます。お互いに見学したり収穫の交換も。将来的には、市民農園を借りて、広い場所でもっと種類を増やしてみたいです」

実際に家庭菜園をして、トッテンのメッセージにあった「健康で幸福な生活」は実現できるのだろうか。

「家計を助けるまでの規模はありませんが、新鮮で安全な野菜を口にできるだけでも幸せです。家族が一緒になって何かの作業をするのは楽しいですし、五感を刺激する意味でも良いと思います。右脳を活性化しますので、頭の疲れをとるのにもいいですね。」

トッテンのメッセージを読み、改めて良い会社に勤務できたという思いが強くなったと、米倉は言う。

「西日本地区で農業クラブを始めた時、『農業部という部署を作っても良い』とすら言われました。何が人間の幸福かを考えている経営者のもとで働いていることを実感しました。特に震災後は家庭菜園をする方が増えたと聞いています。また以前、西日本地区の農業クラブメンバーにアンケートをとった時、家族とのコミュニケーションが増え、幸福度は確実にアップした、との回答が100%でした。プロジェクトはこれだけでも意義があったと思います」と米倉は語る。

▲伊藤美子の畑

財務法務部の伊藤美子は、2010年10月から農業クラブに参加した。

「2008年にメッセージを読んだ時は身近なこととして共感を持ちましたが、実際に行動に移すまでは思い描くことができませんでした。自分が参加しなくても、という気持ちがどこかにありましたし、会社帰りに洋裁を習ったり、休日の一日を家庭菜園に通うのもおっくうだと思いました」

そんな伊藤が家庭菜園を始めることにしたのは、トッテンが再び社員に宛てたメールがきっかけだった。トッテンがNECビッグローブ社を訪問し、同社が埼玉県で貸し農園を始めたことを知り、家庭菜園を始めたいが土地がないという社員はそれを利用してはどうかという内容だった。

「父が週末に家庭菜園をしていることもあり、共通の話題ができればいいなという気持ちもあって始めてみることにしました。ビッグローブ農園には管理人がいて、その一区画(15平米)を借りています」と伊藤。作業は一人で週末に通っているが、予想どおり父親との会話も増え、農作業の方法や苗の植え方を教わったりしているという。

「週末は晴耕雨読で、家庭菜園中心の過ごし方になり、映画や美術展を見に行く時間はほとんどなくなりました(笑)。衣食住について、ある程度は自分で手を足せることは大切なこと。自分で修繕したり作ることで、物を大切にする心も生まれてくると思います。ただ、どうしても時間が取られてしまうので、休日が足りないと思う時もあります」。週休2日では家庭菜園が限界かもしれない。

東日本第3支社 通信営業部の荒良木崇は、2008年の社長メッセージをきっかけに家庭菜園を始めた。

「家族と住宅ローンを抱える身なので、収入の減少は困るな、とは思いましたが(笑)。ビルさんからのメッセージが発信された後、たまたま市の広報誌に2009年3月以降の市民農園の区画割当を募集する記事を見つけたのがきっかけで、全く未経験でしたが始めてみました。自己啓発、家族の健康、子供への教育、どれをとっても自分にプラスだと思い、農園が年間5,000円という敷居の低さもあり、まずはやってみようと。実際やってみて、定番野菜の栽培方法は習得できました。また、栽培の過程では、作付けの計画、土壌作り、支柱やマルチ、防虫ネット等の資材の使用方法、天候や気温、病害虫など自然との闘い、野菜に合わせた施肥方法等、必要な知識が多くあって学べば学ぶほど奥が深いと思いました」

▲社長メッセージをきっかけに家庭菜園を始めた荒良木崇

営業マンであり、勉強熱心でもある荒良木は家庭菜園検定3級もとった。菜園に必要な知識は、市民農園に来ている他の利用者とのコミュニケーションからも学べたという。また家族や親戚はもちろん、収穫物を近隣の人に差し入れたり、近所の子供たちを集めて芋掘りをしたりコミュニケーションの構築にもつながっていった。

「仕事の営業活動でお会いするキーマンは40代、50代の方々で、菜園をやっている人も多くいらっしゃいます。『家庭菜園とシステム開発の共通性』という壮大なテーマを振られ、商談抜きで1時間語り合ったこともあります」。家庭菜園の経験が客先でも話題になった。

荒良木は、社長のメッセージで家庭菜園を始めたが実際にやってみてそれは自分自身のためなのだと思う、と言う。
「だから皆も家庭菜園に興味を持ってくれたらと思い、会社に収穫物の一部を持ってきたりしています。これまでにミニトマト、カブ、スナップエンドウなどを持ってきて、朝礼で報告したり、同僚に配ったりもしました。最近同じチームのメンバーがトマトを作り始めたようで、少しは影響があったのかもしれません」と荒良木。

一方、環境問題から家庭菜園を始めた社員もいる。東日本第2支社営業2部の牧野昌宏である。

▲環境問題から家庭菜園を始めた牧野昌宏とジャガイモ収穫

家庭菜園を始めたきっかけは環境問題です。スーパーでは流通の都合、つまり消費者が好む虫のついていないもの、形が整っている野菜を安価で販売しています。農家の方は買い手のニーズに合わせるために過剰な農薬散布、不揃いな野菜の廃棄など、本来の食物を人間の都合により処理しているのです。最近話題になっている放射能よりも場合によっては恐ろしいかも知れません。虫も食べない、よりつかない野菜を我々は食しているのですから」

牧野が家庭菜園を始めたのは7年前で、2坪の市民農園を借りた。それ以外にも妻の実家が200坪の農園を借りているので、年に2、3回、収穫の手伝いに行っているという。

「なによりも一番の収穫は家族の笑顔です。現在は大学生の娘が、野菜嫌いだったのが家庭菜園で採れた野菜であれば喜んで食べるようになりました。自分自身にとっても運動不足、精神的なストレスの解消も土いじりでリフレッシュできます。また思わぬ効果としては地域の人(菜園仲間)との交流の機会が増えました」と牧野。

作物を作るのは個人的な作業であるが、その過程において周りの人々とのつながりが生まれる。野菜などの作物を育て、それを食べて生きている人間のあるべき姿なのかもしれない。

7年間家庭菜園をしてきた牧野は、しかし家庭菜園の限界についてこう語る。

「自給自足は限界があります。食生活の基本は穀類(米、麦、とうもろこしなど)で、家庭菜園ではそれらを作るには無理があります。給料が下がった分を補填するには、菜園の賃貸料や肥料、苗のコストを入れると金銭的にはマイナスになるでしょう。でも健康と幸福をその効果として計算するならプラスになりますが」

東京を地震が襲った3月11日、牧野は有休をとって畑で種芋を植えていたところだったという。

「おかげで帰宅難民にならずにすみました。震災の復興と共にじゃがいもが育ってくれ、7月初頭にバケツ3杯も収穫できました」牧野の畑は今夏野菜が終わり、冬野菜の準備が始まるところだ。

未来は常に現在の延長であり、年収が6割になる日など考えられない、考えたくない人がほとんどかもしれない。しかしトッテンは、過去の歴史と現在の状況を冷静に見据え、安くて豊富な化石燃料によって支えられてきた私たちの大量消費、大量生産という便利な暮らしが終焉にきていると警鐘を鳴らし続ける。それは急激な変化ではなく、ゆっくりと日本社会に影響を及ぼしてくるのかもしれない。実際、NECビッグローブがIT企業でありながら家庭菜園運営に進出しているのも、いずれ日本人が食料自給率の低さに直面しなければならない日を見据えてのことだろう。

しかし農業プロジェクトが発足しているアシスト社内でも、参加している社員は登場した4人の他、全社員800人の1割に満たない。それでも、それ以上の多くの社員が、経営者が利益追求だけでなく、石油が減耗するという話から食料問題、日本人としてどう生きていくべきかという理念を社員に説き、それを経営に反映させていることは誇りに思っている。

「農業プロジェクトを最初に発足した時のビルさんの呼びかけにはかなり大きな展望が書かれていましたが、でもまずは社員が家族、特に子供さんに伝えていくことができれば、それは立派な社会貢献なのではと思います。子供はドロンコ遊びが好きですし、大人も畑で土を触るのは楽しい。結局はそれは人間の原点かなと思います」と米倉は言う。

1930年代に世界を襲った大恐慌ほどの規模の経済停滞は、それ以後起きていない。そのような世界的な不況になれば、日本はどうなるのだろう。そんな日は来ないとして今までどおりの経営、暮らしをしている人がほとんどだが、想定外だった地震や津波によってもたらされた原発事故を考えれば、もはや何が起きても不思議はないのかもしれない。経済が破綻し年収が6割になった時のために、そして今の自分と家族の幸福のためにもなることは何か。その答えは複数あるだろうが、その一つが家庭菜園であることは間違いない。

(文責: 株式会社アシスト 広報部 喜田 真弓)


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