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目の前の役割を自分が担うと決意をした社員

[掲載媒体]INSIGHT NOW!
[日付]2013年4月24日


社会人になって改めて学生時代を振り返ると、自分が変わったと思うときが誰しもあるだろう。夢を語り、世界や国を熱い思いで自分の視点から見ていたのが、いつしか自分もその中に組み込まれていることに気づいた時などがそうかもしれない。アシストに入社して10年になる坂口修平もそれを感じている1人である。

目の前の役割を自分が担うと決意をした社員

株式会社アシスト
システムソフトウェア事業部 営業支援部
坂口 修平(さかぐち しゅうへい)

2002年入社。入社から現在にいたるまで、おもにセキュリティ系の部署で製品技術を担当。2009年から2011年まで東日本顧客支援室でプロジェクトマネジメントを含む全般的な技術支援を行う。現在はシステムソフトウェア事業部に所属。




「学生時代は、自分対世界、自分対国、のような発想をしていました。それは所詮、世間知らずにすぎなかったのかもしれませんが、社会人になってから考えるのはおもに自分対会社になりました。世界が狭くなったような寂しい気持ちもありますが、本当の意味で、自分の責任を果たす範疇がわかってきたからかもしれないと思います」。自分の仕事に対する責任を全うすることに精一杯だという坂口は、傍観者から当事者になったということかもしれない。

大学時代は英語を専攻し、ゼミでは日本近代史を学んだ。深夜コンビニや印刷工場などでのアルバイトも経験したが、あくまでもそれらの仕事は学生生活の一部で仕事の意味やお客様のことを考えたり、それによって社会の見方が変わるような発見をすることはなかった。IT業界に就職したのは、大学でPCが必要になって自分でPCを組み立てたりしてITに興味が芽生えたのがきっかけだったと言う。

アシストに入社し、研修後は技術部に配属されてセキュリティ系ソフトウェアを担当した。チームには非常に技術的に深い見識を持つ先輩社員が多く、1年目から厳しくもやりがいのある環境の中で製品技術に携わる。初めて自分がメインとなってお客様を担当したときのことはいまでも強く印象に残っていると言い、「OJT担当の先輩にサブについてもらいながら初めてメイン担当として携わった構築案件のことは今でもよく覚えています。先輩に指示をあおぎながら無事に構築し終えて、お客様から、“坂口くん、ありがとう”と言われた時は感無量でした」と当時を振り返る。会社における自分の価値を初めて意識したときだ。

坂口は物静かなタイプで、あまり目立つほうではない。自分では「理屈っぽくて頑固」と言うその性格もあり、自身が納得するまで動かず、慎重にことを運ぶためかもしれない。そんな坂口が変わり始めたのは顧客支援室に配属されてからだ。

特定の製品の技術を担当していた坂口だが、さまざまな製品を取り扱う顧客支援室では営業担当者とお客様のパイプ役を担うことが求められる。ここで間に立つ自分が積極的に動かなければ、物事は進まないという現実に直面したのだ。また、一つの製品技術の担当だとお客様の立場を意識しつつも、自分の技術者としての目線で「これは出来る、これは出来ない」という判断をくだし、出来ないことはお断りをするケースもある。出来ないことを出来るといってお客様に迷惑をかけないためにもそれが必要な場合もあるが、顧客支援室では製品の枠を超えてさらに「こうすれば出来るのではないか」という視点が求められた。

坂口の上司である鈴木敦夫は、大きな転機となったのはあるプロジェクトマネジメント役を担当したことだったと振り返る。

▲上司の鈴木

「坂口さんとは2007年5月、国内にSOX法が導入された頃に立ち上がったセキュリティ系製品の部署から一緒に仕事をしています。2009年2期に東日本顧客支援室で、あるお客様向けのプロジェクトマネジメント役が必要となり、そこで白羽の矢が立ったのが坂口さんでした。今まで一製品を担当していた坂口さんにとっては初めてのマネジメント経験でしたので正直不安はありましたが、その粘り強さと物事に対する集中力から彼ならばできるという期待の通り、無事にやり遂げてくれました。この経験が大きな転機になったと思います」

こうして顧客支援室での経験を積むうちに、坂口は自分の存在意義は、たとえその問題の所在が明らかでなかったとしても、それを自分が一度引き受けることだと思うようになったと言う。

「私の立場はお客様に対するフロントであり、バックにいるハードウェア・ベンダー、 OSベンダー、アシストの扱っている複数製品、それらの取りまとめ役だと思うようになりました。フロントとしてそれらを吸収して個々との関係を取り持って調整していかなければ話が前に進みません。特定製品の視点どころか、 『アシストの範疇で』という考えすらも持たないようにし、とりあえず、要求でもトラブルでも 一旦全て引き受けることが自分の存在意義であり、さらに自分の価値を上げることなのだと、強く認識したのです」

自然の生態系では種類の違う構成要素が互いを補完し、良好な環境を維持させている。IT業界のエコシステムのなかでも、ハードベンダーやソフトベンダー、そしてユーザが共に有機的に結びつき、成長による利益を分かち合うことが理想の姿だ。しかしそこで健全なエコシステムとして機能させていくことは、構成員の相互協力なしには難しい。何か問題が生じた場合、避けるのではなく率先してそれを自分の事として引き受ける人が必要だ。その役割を自分が担うと決意をした坂口に、お客様が信頼を寄せてくれるようになったのも不思議ではない。

坂口と親しい同期の山崎は坂口の変化についてこう語る。

「最初は、とっつきにくいタイプの人だなという印象でした。自分は営業職、坂口さんは技術職ということで仕事上の直接的な接点がなかったこともあります。でもそれは社員旅行で一緒に行動して、実はそうではないことがわかりましたが。親しくなってから、お互い非常に忙しくなってあまり話す機会がありませんでしたが、ある時私が、何か仕事に対して彼に不満を漏らしたんです。それまでの坂口さんだったら、口癖のように言っていた、“そうだよね~”といった言葉が返ってきたはず。ところが彼から、“その状況を変えるのは俺たち世代。ヤマ(私のニックネーム)だと思うよ”、と言われたのです。それが非常に印象的でした。顧客支援という新しい環境で苦労していることも知っていましたし、また、プライベートでも坂口さんは結婚して家族を持った後でしたから、彼がいろいろなことの責任をとるのは自分自身だという、強い意志を持つようになったことを強く感じました」

上司だけでなく、同期の友人の目にも坂口の変化は明らかだった。漠然とではなく明確に自分の存在意義を意識したことが、坂口の言動も行動も変えたのである。

趣味は写真を撮ることという坂口は、以前はよく山崎とも新宿界隈にレンズを物色しにでかけた。今でもカメラを手に、子供と公園へ行き写真を撮るのがストレス発散だという。

「頭でいろいろ考えるタイプなので、休日にはそれらを忘れて気分転換するためにも、家電屋をぶらついて掘り出し物をみつけたり、子供の写真を撮ったりしてすごすことが多いです。レンズを通して子供の姿を追っているとほんとうに癒されます」と坂口。

学生時代に描いていた世界や国は、漠然としていて外から傍観する存在だった。今、坂口が対峙しているのは、自分が丸ごと責任を取ると決めたお客様であり、また自分の家族である。世界は狭くなったかもしれないが、そこにコミットする深さと思いは比較にならないほど大きくなった。上司の鈴木は、今後は技術のリーダーとしての役割も担うべく、IT全般のより広範囲な知識を身につけ、また利用者視点で物事を観察する力をつけて欲しい、と坂口に期待を寄せる。それに向かって努力をする坂口が次のステップアップを遂げたとき、その世界はさらに広がっていることは間違いない。

(文責: 株式会社アシスト 広報部 喜田 真弓)


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