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ソリューション研究会

個人も会社も成長するワーク・ライフ・バランス
~部下を定時に帰す仕事術とは~

アシストのユーザ会、ソリューション研究会「定例会」(東日本、中日本)では、株式会社東レ経営研究所 特別顧問の佐々木常夫氏を講師にお招きし、自らの体験に基づいた仕事と生活が調和する働き方(ワーク・ライフ・バランス)や人の活かし方についてお話いただきました。

佐々木常夫氏 Tsuneo Sasaki  株式会社東レ経営研究所 特別顧問

1944年秋田市生まれ。1969年東大経済学部卒業、同年東レ入社。自閉症の長男に続き、年子の次男、年子の長女が誕生。しばしば問題を起こす長男の世話、加えて肝臓病とうつ病に罹った妻が43回もの入院と3度の自殺未遂を起こす。会社では大阪、東京と6度の転勤、破綻会社の再建や様々な事業改革など多忙を極め、それに対して全力で取り組む生活。
2001年、東レ同期トップで取締役となり、2003年より東レ経営研究所社長となる。何度かの事業改革の実行や3代の社長に仕えた経験から独特の経営観を持ち、現在経営者育成のプログラムの講師などを実践している。社外業務としては内閣府の男女共同参画会議議員などの公職も務める。

主な著書:『ビッグツリー~私は仕事も家族も決してあきらめない』
     『部下を定時に帰す仕事術』
     『働く君に贈る25の言葉』


自閉症の長男の誕生と妻の入院


 私の仕事術は、家族が抱える事情から必要に迫られて築き上げてきたものです。仕事術の話に入る前に、私の家族を簡単に紹介します。私には長男、年子の次男と長女という3人の子供がいます。長男は「高機能自閉症(アスペルガー症候群)」という障害を持っていて、幼い頃は普通の子と思っていたのですが、成長と共に他の子たちとの差が目立ち始め、色々問題を起こすようになりました。

 さらに、結婚して15年ほど経った1984年に、妻が急性肝炎で入院することになりました。当時、子供たちは中2、小6、小5でしたので家事一切を私がしなければならなくなりました。毎朝5時半に起き、3人の子供の朝食と弁当を作り、定時より1時間早い8時に出社し、あとは一直線に仕事をして夕方6時には会社を出る。家に帰ったら子供たちに食事をさせて宿題をさせて、お風呂に入れるという毎日でした。休日は1週間分の掃除、洗濯、買い物。そして病院へ妻の見舞いに行くという生活が3年続きました。

私の仕事術はこうして生まれた


 ちょうどこの頃、私は東レの主要部門の繊維企画管理部の中でも最も忙しい部署の課長に着任することになりました。前任の課長はハードワーカーで、課長も部下も連日連夜遅くまで働き、課長も部下も連日連夜遅くまで働き、週末も会議を開くという仕事ぶりでした。しかし、家庭の事情から私にはそのような働き方はできません。そこで私は最初から自分の流儀を貫き、前任の課長の方針を大転換させたのです。会議は半分に減らし、継続することにした会議も時間は従来の半分に短縮。またそれほど重要でない業務の切り捨てをするなど、極限まで業務の効率化を推進し、私も部下も午後6時には会社を出られる体制を作り上げたのです。

 妻の退院後、10年ほど落ち着いた日々が続きましたが、再び試練の日々が訪れました。妻が肝硬変とうつ病を併発したのです。この時期が私にとって最も辛い時期でした。うつ病の妻と自閉症の長男を世話するのに、多くの時間を費やす日々が7年ほど続きました。それでも私は生来の楽天(楽観)主義のため、近い将来いい日が来るだろうと思っていました。しかし、長男に関する心労と自分の病気で家族に負担をかけていることを気に病んだ妻のうつ病は日毎に悪化し、自殺未遂は3度に及びました。中でも3度目は発見が早かったため一命を取り留めることができましたが、重篤な状況でした。7時間にも及ぶ手術を待つ間、さすがの私も「自分の人生はこれで終わったか」という絶望感に陥ったものです。

 その妻も2003年になってようやく回復の兆しが見えてきました。この年は私が東レ経営研究所の社長に就任した年です。会社のトップとなったので、自分流のやり方、すなわち計画的/効率的に仕事をコントロールできる立場となり、妻のための時間がとれるようになりました。そのことが妻の気持ちを和らげて長い苦しみから抜け出すいっかけになったのではないかと思っています。

 そして3年半ほど前から妻の得意料理が再開し、家で美味しい夕食が待っていて、自分がこんなに幸せでいいのかなと思うようになりました。なぜならそれまでの7年~8年間は、会社を出たら“今日の晩御飯はどうするか・・”、というのが私の最大の課題だったからです。私は家族のために時間を確保しなければなりませんでしたが、それは皆さんも同じですね。自分のために良い本を読みたい、自己啓発の勉強がしたい、色々やりたいのにできない最大の障害の1つが「長時間労働」と「非効率労働」です。仕事の成果と長時間労働とは必ずしも関係がありません。仕事は効率的に戦略的に行わなければなりません。

良い習慣は才能を超える


 最近ワーク・ライフ・バランスという言葉が各企業で注目されています。「仕事と生活の調和」と訳されていますが、これは自分の仕事を定時に終えて帰り、自分の生活を充実させようということではありません。ワーク・ライフ・バランスとは、「個人も会社も共に成長する生き方、働き方」の経営戦略です。したがって、その人が今まで夜の8時、9時まで残業していたとしたら、定時に帰ってもそれと同じ結果、あるいはそれ以上の成果を残さなければならないというものです。つまり、ワーク・ライフ・バランスというのは仕事の改革があって初めて実現できる経営戦略であり、しっかりしたタイム・マネジメントが必要です。

 私が38歳で課長になった時、「仕事の進め方の基本10か条」を策定し、部下全員に発信しました。自分の業務を通じて、成果に結びつける仕事の進め方を実証的に研究してきたものです。


 つい最近社長を辞めるまで、私はどの職場でも毎日のようにこのことを言い続けました。私は良い習慣は才能を超えると思っています。少々能力がなくても良い習慣を持っている人は毎日確実に成長し、才能ある人を抜いていきます。10か条はこのように「計画主義」、「重点主義」、「効率主義」、「フォローアップの徹底」などから成りますが、要するに「すぐに仕事にかかるな。最短距離でゴールにたどり着くために、もっと頭を使え、考え抜け」ということです。効率的にやるということ。仕事は「努力しました、頑張りました」では済みません。会社に成果を残さないといけない。結果で評価されるからです。そして自己研鑽に努めなければなりません。そして最も重要なのは自分を大切にするということです。すなわちそれは人を大切にするということに繋がります。これらは実は課長をはじめとする部下を持って仕事をしている人こそが注意しなければならないことでもあります。課全体、チーム全体の仕事を効率化するのは課長、リーダーにしかできないからです。

タイム・マネジメントの極意


 タイム・マネジメントの本質は、「真に重要なものは何か」を探り当てることにあります。「大して重要でもない仕事に時間をとられて、大事なものを見失うな」ということです。それを拙速に行い、肝心要の仕事を完璧にやることです。したがって、タイム・マネジメントというのは時間の管理ではありません。仕事の管理なのです。

 ワーク・ライフ・バランスを実現するための仕事術のポイントを紹介します。

 下記仕事術の中からいくつかピックアップして簡単に説明しましょう。


「計画先行/戦略的仕事術」


 仕事の効率化の根源は「計画性」にあります。仕事はまず計画を作ることから始まります。そして、戦略的に仕事を進めることによってスピーディに成果を出すことができるようになるのです。

 1984年、私が課長になって一番最初に行った仕事が、部下の過去1年間の業務のフォローアップと分析でした。もともと私の課には業務週報提出の習慣がありましたので、それを活用し「業務のムダを洗い出した」のです。結果、おもしろい事実が浮き彫りになりました。大して重要でもない業務に3ヵ月もかけていた人もいれば、重要な業務を3週間手がけた後作業を中断している人もいたのです。またやらなくてもよい仕事が2割ほどあったのには参りました。管理職はその職場を構成する人間全体の和を最大限にもっていくというミッションがあります。仕事は片寄るものなので、適正な業務配分をしてあげる必要があります。そして仕事が発生したら部下にその品質基準を決めてあげなければいけません。特に重要な仕事は中間段階でチェックし、無駄なことはやらせないようにする必要があります。仕事が終わったらその評価をしてあげる。これを続けた結果、わが課は、ひとり平均60時間の残業カットが実現しました。管理職にあってもその勉強もしていない上司もいるでしょう。その場合は部下力をつけましょう。部下が上司を使って、上手に自分の仕事の結果を出すのです。一番大事なことは、上司の注文を聞くということです。例えば1年の計画を立てたら、それを上司に報告し、上司の意見を聞くのです。仕事が発生したら、その仕事の背景、品質基準を聞きます。重要な仕事は中間報告をし確認をするのです。

時間節約/効率的仕事術


 仕事を計画的にした上で、時間を節約する技術を磨きます。会社で押し寄せてくる山のような仕事を手際よくこなしていくにはどうすればよいでしょう。

 破綻寸前の関係会社の再建のため出向していた私が、出向先から東レの企画の部署に戻って最初に行った仕事は書庫の整理でした。私の後ろの書庫には先輩が作った経営会議や開発会議などの書類が山ほどありました。1ヵ月間、私は書庫で書類を読み続けました。書類を半分捨て、残すべき書類はカテゴリ別に重要度のランキングをつけて、ファイル体系を作りました。私の仕事は書類を作ることがメインでしたが、会社の仕事は同じことの繰り返しです。先人達が必ず似たようなことをしています。仕事を依頼された時、該当ファイルをいくつか取り出してきて、そこに書いてある考え方、フォーマットを活用し、最新のデータに置き換えて、自分のアイデアを盛り込むのです。仕事は速く片付き、出来も良い。途中の落第点のついた資料はなく、一番最後の一番優れた作品が残っている、それを使うのですから、出来が良いに決まっています。先人の智慧が凝縮されているのですから。私は常々部下にこう言います「あなたの頭なんか使わないで、先輩の優れた作品を盗みなさい。プアなイノベーションより優れたイミテーションを」と。優れたイミテーションを繰り返すことによって優れたイノベーションが出てきます。仕事は発生したその場で片付ける。議事録もその日のうちに必ず書きます。次の日には持ち越さない。先延ばしにすればするほど品質が落ちます。その場で片付けましょう。

時間増大/広角的仕事術


 時間は節約するだけではなく、増やすことにができます。仕事が発生したらそれをやらないで済ます方法を考えるのです。よしんば自分がしなければならない場合でも、そのことを一番よく知っている人は誰か、そのことについて一番詳しい資料はどこか、そのありかを探っておくのです。目の前の仕事だけではなく、会社全体、上司、部下などを「広角的」に配慮することがポイントです。

より良いタイム・マネジメント実現のために


 私の講演会等で「早く家に帰ってやりたいことがあるが、職場が長時間労働なので帰りにくい場合はどうすべきか?」という質問がよく出ます。帰りにくくて帰れないなら、帰らなければいいし、早く帰りたければ早く帰ればいい。それはあなたが決めることです。自分がどういう生き方をしたいのか、どういう働き方をしたいのかというのは決意と覚悟が要ります。自分の人生ですから自分で決めなければいけない。そこで節目節目に「どのような生き方をしたいのか」自分に問うてみるのです。私は40代の後半から年初に、「今年はこういう考え方でこういう仕事をやるぞ!」という決意をA4用紙1枚にびっしり書いてきました。書くということで自分の考え方を確認し、それを部下全員、場合によってな上司にも発信しました。一緒に仕事をする仲間ですから、理解してもらわないといけません。これを毎年繰り返すと自分の成長の軌跡がよくわかります。私がサラリーマン人生を続けて、自分が一番伸びたのは40代だと思っています。20代、30代というのは成長角度がたかいのですが、経験や知識がないために余計なことをしなくなり、効率的にできるようになります。40代になって長時間労働はいけません。部下に仕事を極力任せて、自分は自己啓発の時間を持たなければなりません。

 部下に向き合うときに大事なのは、自分なりの考え方を確立させておくことです。これをきちんともっていないと部下から相談されても答えられません。前述した節目節目に自分の行き方をきちんと確立しておくことが重要です。また時間的に余裕を持つことです。管理職が忙しくしていると部下が話しかけづらくなり悪い情報が入ってきません。極力悠然としていなければいけない。私は仕事の効率化の両論はコミュニケーションと信頼関係だと思っています。信頼関係のない職場はコミュニケーションがうまくとれませんし、非常に効率の悪い職場となります。

これからの時代をどう生きるか


 人は自分を磨くために働きます。自分を磨いて幸せになるために働くのです。では人は何のために生きているのでしょうか・・・。「世のため」「人のため」つまり、何かに貢献するためです。これは企業も同じです。お金儲けのためではありません。企業の目的は利益を上げることではないのです。社会に貢献するためです。そしてさらに、人は自分を磨くため、つまり自分が成長するために仕事をします。社会や何かに貢献することと成長のために仕事をしているのです。遅ればせながら私も50代後半になってこのことに気付きました。

 私の人生観の真ん中にある言葉、それは「運命を引き受けよう」です。私は6歳で父を亡くしました。母は19歳でお嫁に来て4人の男児をもうけ、27歳で未亡人になり、父の代わりに働きに出て大変苦労して子供4人を大学まで出しました。彼女は非常に苦労をしましたが、文句を言うこともなくいつもニコニコ笑顔で私たちに語りかけてくれました。その中で一番多かった言葉がこの言葉です。「運命を引き受けよう。運命を引き受けてその中で頑張ろう。頑張っても結果が出ないかもしれない。だけど頑張らなければ結果は出ないんだよ」。我が家にも色々なことがありましたが、最後に神様からプレゼントをいただき、今はちょっと忙しいですが、大変幸せな毎日を過ごさせていただいています。本日の私の話が少しでも皆さんのご参考になれば幸いです。

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