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アシストフォーラム 特別講演 「出会いに感謝!」

講師:パラリンピック 車椅子バスケットボール元日本代表 京谷 和幸氏


事故に遭い、Jリーガーから車椅子バスケットボール選手に転じた京谷氏は、事故も含め、人生における「出会い」はすべてが素晴らしいものだったと捉えていらっしゃいます。それはなぜか。人間として一回りも二回りも自身を成長させてくれたのが「出会い」だと感じるからだそうです。ご自身の実体験をもとに、出会いの大切さ、その出会いに感謝することの大切さについて、お話しいただきました。

出会いに感謝!~人生を変えた様々な出会い~

 小学校からサッカーを始め、Jリーグ開幕の1993年にプロサッカー選手になった京谷氏。婚約もして、まさに順風満帆の人生がスタートしたその時、悲劇は起きた。結婚式の衣装合わせの当日、他の車を避けようとして電柱に激突するという大事故に遭ったのだ。

 入院中、衣装合わせどころか結婚式も延期になったのに、婚約者が入籍をしようと言い出す。この時、脊髄損傷で車椅子生活になるという事実を京谷氏は知らされていなかったが、妻となる婚約者は知っていた。入籍後、復帰を信じてリハビリを続けたが、二ヵ月後、医師から回復の見込みがないことを告知される。ボールを蹴るどころか、立って歩くこともできない。深夜の病室で泣き明かした時、「一人じゃできないことでも、二人ならできる。二人で頑張ろうよ」という妻の言葉を思い出した。

 京谷氏の人生における大きな出会いである「サッカー」。そして、人生の目標であったプロサッカー選手という地位についた矢先の「事故」との出会い。事故に遭うまでは、すべて自分の手で勝ち得たもの、自分は一人で生きているとばかりに思っていた。そんな愚かさや無力さを痛感した京谷氏を救ったのは「妻」との出会いだった。もし、自分が逆の立場であったなら、車椅子の婚約者とは婚約を解消していたと思う、と京谷氏。その妻に報いるためにも、リハビリをして人並みの生活に戻れるよう、できることをやっていこう、小さなことでも積み上げていけばまた道が開けるだろう、そんな中、出会ったのが「車椅子バスケットボール」だった。


 日本代表に選ばれた京谷氏はシドニー・パラリンピックへ出場、その後、アテネ、北京、ロンドンと車椅子バスケを続け、昨年引退した。「サッカーができないなら死んだ方がましだ」とさえ思ったどん底の日々から、「夢と目標を持ち続けよう」という前向きな生き方に変えてくれた車椅子バスケ。京谷氏は誇りと自信を取り戻した。しかし、プロサッカー選手の時と大きく異なるのは、「一人ではできないことも、皆となら乗り越えられる」という感謝の気持ちだった。

 京谷氏は現在、大学のサッカー部コーチとして、再び大好きだったサッカー界へ戻ってきた。

 事故から20年。京谷氏は「これからも夢を抱きつつチャレンジしていきたい。出会いはチャンス。どんな出会いもチャンスに変え、人生を楽しいものにしていこう」、と熱く語られた。



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