
本コラムでは、生成AIの全社展開を阻む壁の乗り越え方から、メルカリやSansanで進む「AI×人事の統合」という最新トレンドまでを解説します。
企業のAI活用はツール導入を終え、コストに見合う成果が問われる実践フェーズに入りました。単なる業務効率化で終わらせず、AIを前提とした「仕事の設計変更」という真の企業変革へ向けて、自社の現在地と次の一手をどう描くべきかを探ります。
生成AI活用は新フェーズへ
企業の生成AI活用は、単なる「お試し」や「ツールの選定」という初期段階を抜け、よりシビアな実践フェーズへと突入しています。
ここ1〜2年は「どのモデルやサービスを選ぶべきか」が企業の主な関心事でした。しかし現在は、生成AIの活用範囲が拡大することによって生じる「膨張するAIコストをどう管理するか」という新たな課題が浮上しています。
最近は生成AIのモデルの進化によって、AIのトークン量が急激に増加する傾向にあり、高度な処理や自動化などをすればするほど莫大なコストが発生する可能性があります。これを象徴するのが「Uberが年初のわずか4ヵ月で年間のAI予算を使い切ってしまった」というニュースです。*1
この問題に警鐘を鳴らしているのが、エンタープライズのAI領域で注目されているユニコーン企業であり、AIプラットフォームを提供するGlean(グリーン)のCEO、Arvind Jain氏です。同氏によれば「AIのトークンコストは、場合によっては『人件費と比較されるレベル』の経営課題になりつつある」とコメントしています。*2
ツールを導入して終わりではなく、急増するコストをどうコントロールし、それに見合う成果(アウトカム)をどう証明するのか。これが、IT担当者の前に立ちはだかる「最初の壁」となっています。
「とりあえず使ってみよう」という段階は終わり、これからは「AIに任せる領域と、人が価値を発揮する領域」を戦略的に設計していく必要があります。単なるAIの利用回数や利用率といった「活動量」ではなく、それによってどれほどの業務時間が削減され、どのような価値が生まれたのかという「具体的な成果(アウトカム)」が厳しく評価される時代になりつつあります。
参考:
*1 Uber caps employee AI spending after blowing through budget in 4 months(2026年6月2日時点の情報)
*2 Tokens or humans? The new corporate trade-off(2026年5月30日時点の情報)
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生成AIを全社展開できない理由
「コストの増大と費用対効果の証明」というシビアな課題。実はこの課題こそが、多くの企業が生成AIの全社展開に踏み切れない(あるいは途中で頓挫してしまう)大きな要因になっています。
「とりあえず一部の部署でテスト導入してみたものの、そこから先へ進まない」、「全社展開の稟議を上げても、経営層からストップがかかってしまう」といった悩みを抱える担当者の方は少なくありません。
なぜ、生成AIの活用は社内の一部にとどまってしまうのでしょうか?その背景には、様々な要因がありますがその中から3つピックアップして説明したいと思います。
💭 「特定の詳しい人」や「単一の部門」に依存してしまう
生成AIを導入したものの、ふたを開けてみれば、使っているのは「ITリテラシーの高い特定の社員」や「先進的な一部の部門」だけだったというケースは非常に多く見られます。
もちろん、スモールスタート自体は悪いことではありません。しかし、1つの部門だけでAI活用が進んでいたとしても、会社全体から見ればそれはまだ「その部門に詳しい人が頑張っている状態」に過ぎません。営業・技術・経営企画といった、業務内容もITスキルもまったく異なる複数の部門でAI活用が日常的に成立して初めて、AIは「一部の人の便利な道具」から「企業全体の仕事の基盤」へと進化するのです。
しかし、いざ全社展開となると、IT部門には様々な懸念が押し寄せます。「年齢もITスキルもバラバラな社員全員が使いこなせるのか」、「各部門で共通して利用可能なAI基盤はあるのか」といった不安です。また、現場の部署が良かれと思って個別にAIツールを契約してしまい、管理が追いつかなくなる事態も避けたいところでしょう。
こうした現場への定着の難しさとガバナンスへの不安から「まずはリテラシーの高い一部の部門だけで……」という状態に留まり、特定の層に依存した運用から抜け出せないケースもあるのではないでしょうか。
💭 複数システムとの連携と、権限管理やガバナンスの両立が難しい
生成AIの活用を一部門から全社へ広げようとすると、営業・技術・経営企画など立場の異なる部門での利用が進みます。それに伴い、全社基盤として利用している文書管理やチャットから、各部門で契約しているCRMや各種SaaS、さらには全社基盤のDWHなど、多岐にわたる業務システムと連携する必要性も高まります。
すると、誰に何を見せてよいのかという権限管理や、機密情報を安全に扱うためのセキュリティ、さらには分散した情報や業務文脈を横断的につなぐコンテキストレイヤーの構築といった課題が一気に表面化します。こうした土台が整わない状況は、ITの観点で懸念が大きく、全社展開に踏み切りにくくなります。
💭 コストばかり先行し、利用状況と成果(アウトカム)が見えにくい
もう一つの決定的な理由は、コストと成果(アウトカム)のバランスが見えにくいことです。
経営層が全社展開のGOサインを出すためには「コストに見合う価値があるか」という問いへの明確な答えが必要です。しかし、AIの利用回数といった「活動量」は可視化しやすい一方で、それによってどれだけの価値が創出されたかという「成果(アウトカム)」は測定しにくい性質を持っています。AIトークン量は大量に消費されているが、業績や成果に直接的につながっているのかどうか、その効果がブラックボックス化してしまう恐怖こそが、経営層が全社展開を躊躇する最大の理由となっているのではないでしょうか。
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生成AIの全社展開を成功させる3つのポイント
経営層のコストに対する懸念を払拭し、全社展開の稟議を通すためには、AIが「成果(アウトカム)を生み出すインフラ」であることを証明しなければなりません。そのポイントとなる3つのアプローチをご紹介します。
💡 AI活用の成功を「複数部門」で再現する
全社展開の第一歩は、「性質の異なる複数の部門」で、小さな成功体験をしっかりと再現することです。
ITリテラシーの高い社員や部門だけが使っている状態では、経営層から「特定の詳しい人が頑張っているだけ」と評価されてしまいます。これを打破するには、営業・技術・経営企画など、業務内容もITスキルもまったく異なる複数の部門で、AI活用を成立させる必要があります。
例えば、営業部門では「提案書の構成案作成で準備時間を削減」、サポート部門では「過去の対応履歴を参照した回答の自動生成でスピードアップ」といった具合です。それぞれの部門が抱える固有の課題に対してAIが効果を発揮し、多角的な実績が積み上がって初めて、AIは「企業全体の仕事の基盤」になり得るものとして認知されます。
💡 全社で安心して使える基盤を整える
生成AIの活用を全社へ広げていくには、単に利用者を増やすだけでは不十分です。実際には、文書管理・CRM・チャットなど、さまざまな業務システムにまたがる情報を扱うことが求められます。
その際に欠かせないのが、各システムの権限を踏まえて必要な情報だけに安全にアクセスできること、そして全社共通のルールのもとでガバナンスを効かせながら運用できることです。こうした基盤が整わないままでは、部門ごとに使える情報や活用範囲が分断され、全社最適のAI活用にはつながりません。だからこそ「多様なシステムとのシームレスな連動」と「権限管理やセキュリティ」を両立できる基盤を早い段階で整備することが、全社展開を成功に導く重要な条件になります。
💡 エバンジェリスト活動やコンテストで熱量を波及させる
複数部門での成功モデルが見えて基盤が整えば、次はいよいよ全社への定着を目指します。ここで重要なのは「ただツールを配って終わりにしない」ことです。現場を巻き込み、自発的な利用を促す「仕掛けと熱量」が欠かせません。
弊社アシストがAIの全社展開を進めた際も、単にツールを導入するだけでなく、全社のAI活用とルール作りを牽引する「専門の推進チーム」を立ち上げるとともに、各部門に現場をリードする「エバンジェリスト」や「ナレッジマネージャー」を配置してサポート体制を構築しました。
さらに、効果的な使い方を競う「全社コンテスト」や、有志の社員による「推しのAIエージェント勉強会」といった、社員が楽しみながら学べる工夫も実施しました。実際、このオンライン勉強会には全国から100名もの社員が参加し、活発なノウハウ共有が行われました。
システムを用意するのはIT部門ですが、業務を変革するのは現場の社員です。現場の社員同士が自発的に教え合うような社内コミュニティを育て、文化として醸成する「下支え」こそが、AIを全社に根付かせる最大の秘訣です。
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生成AIを全社展開した事例
こうした「仕事の設計変更」へと至るプロセスを具体的にイメージしていただくため、実際に全社への定着を完了し、次なる課題へと向き合っている弊社アシストの事例をご紹介します。
アクティブ率ほぼ100%を達成した社内定着の軌跡
アシストでは2023年にAIプラットフォーム「Glean(グリーン)」を導入しました。
AI導入において多くの企業が「一部の社員しか使わない」という壁に直面する中、現場へ無理なくAIを浸透させることができました。前述したエバンジェリスト活動や全社コンテストによる熱量の波及に加えて、以下の現実的なアプローチが定着の原動力となっています。
✏️ 「作る人15%」と「使う人85%」の明確な役割分担
AIエージェントの作成については、AI活用を牽引する専門チームやナレッジマネージャーなど、全体の15%に権限を絞ることでガバナンスを効かせています。一方、残り85%の社員は使うことに専念させることで、現場の負担を抑えつつ安全な利用拡大を実現しました。ただ、この割合は状況に応じ変動していくものと予想しています。
✏️ 「検索」から始まる、無理のない段階的なステップアップ
いきなり高度なエージェント機能を利用するのではなく、まずは「社内情報の横断検索」と「チャット」から導入を開始。日常業務でAIに慣れ親しむ土台を作ったことで、その後のエージェントの全社展開もスムーズに受け入れられました。

✏️ 「ガバナンス」と「利便性」を両立させた全社基盤
全社展開をスムーズに進められた背景には「全社利用を前提とした土台づくり」があります。権限管理やガバナンスを効かせつつ、社内のさまざまな情報基盤と連動できる環境を構築しました。他のAI製品であれば難しかったと思いますが、Gleanではこのあたりはまったく問題がありませんでした。これにより、特定の部門だけで閉じず、現場が日常業務の延長で使えるようになり、定着が大きく後押しされました。
こうした土壌づくりを継続した結果、全社員のアクティブユーザー率97%という驚異的な社内定着を達成。現在では特定の部門にとどまらず、あらゆる部門でAIが日常の業務基盤として当たり前に活用されています。*3
参考:
*3 AIエージェントを全社スケールで利用開始したらどうなった?!7ヵ月で稼働2,100本、実行回数4.6万回のリアルな実績を解説します
成果(アウトカム)の創出に向けた現在地
全社定着の結果、月間で約7,300時間の創出(2024年時点で年間換算で約1.7億円のコスト削減)や、新入社員が業務を理解するまでの期間を半減させるなど、目に見える大きな成果(アウトカム)を生み出しています。*4
しかし、私たちはここで満足しているわけではありません。全社員がAIの価値を実感したことで、現場からは「この業務を自動化できないか」「このシステムとつないでこういうことができないか」「この業務プロセスを根本から変えられないか」という声が自然と上がるようになってきています。利用拡大に伴うコスト増と向き合いながら、単なる時短ツールとしての活用を越え「仕事の設計変更」という次なる課題に現在進行形で向き合っています。
参考:
*4 【Gleanで変わる働き方 第3回】「探す時間」を削減して年間1.7億円節約?Glean導入企業が実感する驚きのROI
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生成AIを全社展開することによる変化
弊社の事例のように「仕事の設計変更」へと向かう先には、どのような景色が待っているのでしょうか。
IT部門としては「無事に定着して一安心」と思いたいところですが、実はここからが企業にとっての「本当の変革」の始まりです。AIが全社の業務基盤として当たり前のように使われるようになると、企業は次なる本質的な問いに向き合うことになります。
AIで「浮いた時間」をどう使うか?
AIの利用が一部の部門だけでなく全社に広がり、全社員がその価値を実感するようになると、現場の意識に変化が起こります。「この業務でもAIを使えないか?」、「このプロセスをもっと効率化できないか?」といった、自発的なプロセス改善の要望が自然と出てくるようになります。
ここで企業が直面するのが「AIによって浮いた時間を何に再投資するのか」という問いです。
AIによって業務効率化が進んだとしても、単なる「作業の時短」で終わらせてしまっては、企業としての大きな成長にはつながりません。重要なのは、創出された時間を顧客との深い対話や新しい企画の立案といった「より付加価値の高いコア業務」へどう再投資していくかです。そして「どの業務でAIを使う価値が高いのか」を再評価し、人とAIの役割分担を根本から設計し直すフェーズへと入っていくと考えられます。
AI推進が「人事・組織」のテーマへと発展する
こうした「時間の使い方」や「人とAIの役割分担」を突き詰めていくと、AI活用はもはや「各部門の業務をどう効率化するか」という現場レベルのテーマでは収まらなくなり、組織や人事の領域にまで踏み込む必要が出てきます。
それを象徴するかのように、近年、海外の先進企業では、AI責任者(CAIO)と人事責任者(CHRO)の役割を近づけたり、統合したりする動きが見え始めています。たとえばServiceNowでは「Chief People and AI Enablement Officer」というポジションが置かれ、Modernaでも人事とデジタルテクノロジーを束ねる体制が構築されています。*5
国内でも、メルカリやSansanが「AI責任者と人事責任者の兼任体制」を敷き、AI活用を人事評価に組み込んだり、組織カルチャーの再設計を牽引したりと、人事とAI変革を近い位置で扱う事例が出てきています。*6
その理由は、IT部門が「AIで業務を効率化しよう」と推進しても、人事部門が定める評価制度や人材育成のルールが従来のままでは、現場の働き方は根本的には変わらないからです。システムと人事制度を両輪でアップデートしなければ真の企業変革は実現できないからこそ、AIの推進は「人事・組織」のテーマへと必然的に発展していくのではないでしょうか。
参考:
*5 ServiceNow’s chief people officer on leading AI change management within the tech giant(2025年7月29日時点の情報)
*5 Why firms are merging HR and IT departments(2025年8月8日時点の情報)
*6 メルカリ、AIと人事の責任者を1人に統合「組織ごとAI前提に」(2026年6月2日時点の情報)
*6 Sansanはなぜ、AI活用を「人事主導」で進めるのか AI利用は8割超え、業務時間9割削減の事例も(2025年8月25日時点の情報)
AIを前提に「仕事の設計」をやり直す
AIが業務の多くをサポートするようになると、これまでの「人が行うことを前提としたルール」を見直す必要が出てきます。
顕著な例が、人の評価基準です。作業のスピードや処理件数といった「活動量」を評価していた業務にAIを導入した場合、これからは何を基準に社員を評価すればよいのでしょうか。活動量ではなく、AIを使いこなして生み出した「成果(アウトカム)」を評価する仕組みへのアップデートが不可欠になります。
さらに、AIを前提とすれば、これからの人員計画はどのような形が最適なのか、どのようなスキルを持った人材を採用・育成すべきかといった、組織運営の根幹に関わる論点が次々と浮上してきます。
つまり、AIの全社展開がもたらす最大の進化は、業務の進め方や役割の持ち方、育成のあり方といった「仕事の設計変更」になるのではないでしょうか。ツールを導入して全社に定着させることは、決してゴールではありません。そこから先の「人事・組織の再設計」にまで踏み込んでこそ、AIによる真の企業変革が実現できると言えるのかもしれません。
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自社の生成AI活用レベルを把握し、次の一手を整理しよう
生成AIの活用はツール導入がゴールではありません。「特定部門の利用に留まる」、「成果(アウトカム)を経営層に説明できない」など、現場の悩みは尽きません。
アシストは単なる代理店ではなく、自らが生成AIの「実践者」として同じ壁を乗り越えてきました。AI推進の「次の一手」に迷った際は、ぜひアシストにご相談ください。弊社のリアルな実践体験をもとに、真の企業変革に向けた「次の一手」を一緒に考えましょう。
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この記事を書いたスタッフ
DX技術統括部 ナレッジ活用基盤技術部 部長
佐子 雅之
DX技術統括部 ナレッジ活用基盤技術部 部長
佐子 雅之
