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飛翔期  再び一つのアシストへ

アシスト・ストーリー 飛翔期  再び一つのアシストへ

1990年代、米国のメインフレーム・コンピュータ業界にはダウンサイジングの波だけでなく企業の買収/合併の嵐も吹き荒れ、その影響はアシストにも及んだ。

分散型の組織体制

1987年頃より分散型の組織体制をとっていたアシストでは、全体を分社、または小規模で独立したビジネス・ユニットに分割していた。アシストが全額出資してできた子会社である株式会社オラクルや株式会社パンソフィック、社員とアシストが50%ずつ出資してアシストが販売してきた製品を移管する「暖簾分け」でできた株式会社プロテック、株式会社フォーエルグなどがあった。また、社員とアシストが50%ずつ共同出資し、新事業を行う合弁会社も設立された。これらにアシスト本体の事業部門であるデータベース営業部やシステムプロダクト営業部などを合わせると、最も多い時期には16もの事業単位に分かれて活動をしていた。

アシストがこのような分社を進めるに至ったのには、いくつかの理由があった。

1985年に本社を移転した後、大阪や名古屋も新オフィスへと移転をし、社員数も急増した。6人で始めた頃のアシストは、一つのオフィスでお互いが何のために何をしているのかが明白だった。しかし、数百名ともなると、社員同士の親密度が希薄になるのは当然のことだった。

その対応策として「企業理念」を作ったが、それでもアシストは、お互いの名前や、誰がどんな仕事をしているのかが一目ではわからないような規模の会社に成長していた。もちろん、規模からすれば大企業病を心配するにはまだまだ小さな組織であったが、新しいオフィスや大型マシンを導入して自社内で商品テストを行うようになるにつれ、アシストがあたかも大企業であるかのような、そんな雰囲気が社内に醸成されてきたことをトッテンは危惧した。また、もともとアシストを創業した時点では「大きな会社を作る」という目標は持っていなかったとトッテンは言う。

そんなタイミングで手にしたのが、「Bunsha: company division, my way」(「分社-ある経営感覚」(著者:酒井邦恭)という本だった。この本には、大きくなることを望まない経営方針、分社制度こそが人を活かす最上の方法であると書かれており、まさにトッテンが思い描いていたものであった。社員こそが真の財産であり、組織を分けて、多くの社長が育つよう、人を育てよ、という理念を持つこの本に感銘を受けたトッテンは、アシストの分社化を進めていったのだ。


株式会社エー・シー・エーの誕生

当時のエー・シー・エーのロゴ
当時のエー・シー・エーのロゴ

買収で企業規模拡大を続けていたコンピュータ・アソシエイツ社は、アシストが販売をしていたジョンソン・ソフトウェアやUCCシリーズの開発元であるユーセルも買収した。その後も買収は続けられ、アシストが日本での販売権を持つ製品の開発元がいつのまにかコンピュータ・アソシエイツ社に移っているという事態が頻発し、コンピュータ・アソシエイツ社との駆け引きを余儀なくされていた。

日本では1990年までコンピュータ・アソシエイツ社の製品は、米国本社の100%出資の子会社であるコンピュータ・アソシエイツ・ジャパンの他、アシストなど数社の代理店が扱っていたが、他の国では現地の子会社を中心に運営していたため、米国本社は、日本でもコンピュータ・アソシエイツ・ジャパンが直販を伸ばし、他の代理店を統括していく戦略をとろうと考えていた。しかし、それが期待通りにはいかなかったため、アシストとの合弁事業へと方針を転換した。

1991年4月、アシスト75%、米コンピュータ・アソシエイツ25%の出資による合弁会社「コンピュータ・アソシエイツ」を設立した。しかし同年10月、コンピュータ・アソシエイツ社がパンソフィックも買収したため、アシスト・グループ内でコンピュータ・アソシエイツ社の製品を扱う事業部門が、株式会社パンソフィック、システムプロダクト営業部、コンピュータ・アソシエイツの3つになった。そのため、1992年にこの3事業を統合し、新たな合弁会社「株式会社エー・シー・エー」を発足した。出資比率はコンピュータ・アソシエイツ社が33.3%、アシストが66.7%で、社長に就任したのは現副会長の森沢久美子だった。


順調な成長を続けるエー・シー・エー

エー・シー・エー設立直後、森沢はコンピュータ・アソシエイツ社の経営幹部から、エー・シー・エーの社員120人ほどの人員削減を言い渡された。入社予定の新卒を加えると従業員数は320人に達し、これはコンピュータ・アソシエイツ社の経営指標からするとあまりにも多すぎる数字だったのだ。しかし、森沢はこれを断固拒否した。その結果、本社からの支援は一切期待できないことになり、その代わり日本での采配は森沢に全面的に委任された。

エー・シー・エーの取扱製品はEASYTRIEVE、UCC、TOP SECRET、UFO、Datacomの他、UNIX用統合運用管理ソフトのUnicenterなど多岐にわたった。そして森沢の下、合弁会社として日本独自の戦略をとりながらエー・シー・エーは着実に販売実績を上げていった。

エー・シー・エー設立の際に、数多くあった事業部門の見直しも行われた。その結果、株式会社オラクルや株式会社コンピュウェアなどの独立事業部門もすべてアシストに統合されることとなった。1993年からアシスト・グループは、株式会社アシストと株式会社エー・シー・エーという二大体制がとられるようになり、オープン系プロダクトの販売が強化されていった。

コンピュータ・アソシエイツ社は、その後もリージェント・ソフトウェアを買収するなど企業規模を拡大し、併せてエー・シー・エーも順調に業績を伸ばしてアシストの売り上げの約半分を占めるようになっていった。


再び一つになるアシスト

1996年末、コンピュータ・アソシエイツ社からアシストに対し、社員を含めエー・シー・エーをすべて譲渡して欲しいという申し入れがなされた。合弁契約を解消すれば、アシストは売り上げの半分近くをもたらす事業を失うことになる。しかし、エー・シー・エーの資本と社員をすべて米国企業に売却するという経営判断はトッテンにも森沢にもなかった。合弁契約を解消するにあたり、最も顧客に迷惑がかからない方法は何かを模索しながら、度重なる交渉を重ねていった。最終的に、メインフレーム系製品は1年の期限付きで販売とサポートを行い、オープン系の製品は総代理店から一代理店になることで合意がなされた。社員については、コンピュータ・アソシエイツで働くことを希望する社員以外はアシストに移籍することになり、1997年3月末付けで約9割の社員がアシストへ戻ってきた。

コンピュータ・アソシエイツ社との合弁契約の解消により1997年度は経常損失を出したが、売り上げが半減することはなかった。その理由の一つは市場がメインフレームからオープンシステムへと切り替わっていたことがある。1993年以降、Uniface、SyncSort、BusinessObjects、Netwizardなどのオープン系ツールを毎年販売製品に加えており、またメインフレームの基幹商品だったEASYTRIEVEに代わり、Oracle Databaseやそのユーザが利用する開発ツールなどの売り上げも伸びていたからだ。この売上増大には、エー・シー・エーからアシストに戻ってきた社員が、大いに貢献したのは言うまでもない。

1987年から始まったアシストの分社化は、こうして完全に終結した。コンピュータ・アソシエイツ社のメインフレーム製品による安定したサポート収入は失ったが、組織や制度に関して対外的な考慮や障害のない一つの会社として、積極的に新製品を獲得していくことができるようになった。


本格的なオープンシステムの到来

トッテンが唱えた「オープンシステム革命」も1990年代半ば頃から日本でも急速に進行した。アシストで1980年代に9割を占めていたメインフレーム系製品の売り上げは、1996年には3割となり、残り7割はオープン系の製品によってもたらされるようになった。

1997年、Webコンピューティング到来への対応として、BIツールであるWebFOCUSの販売を開始した。1998年からは開発ツールと並んで需要の高い運用管理ツールの中核製品として日立製作所のJP1の取り扱いを開始し、60人体制の「システム管理ソフトウェア事業部」を新設した。

本格的なオープンシステムの到来に対応するため、データベース、情報活用、運用管理という3分野に資源を集中し、お客様のニーズに適した製品の発掘と販売、高品質なサポートやサービス・メニューの拡充に努めた。さらに複数の取扱製品を組み合わせたアシスト独自のテンプレートや支援サービスを付加した「ソリューション」の提供も開始した。1社のメーカーに依存しない「独立系の強み」こそが、まさにそれからの「アシストの強み」となっていったのである。

アシストはその時代のトレンドに目を向け、特定のメーカーや製品にこだわらず、日本のお客様のニーズにあった商材の提供に力を入れてきた。製品開発を行うメーカーではなく、メーカーを超える価値の提供(アシストでは、これを「超メーカー」と定義している)を目指すことになった所以は、こうした時代の変遷を経て培われたものである。


  • タイトル写真は、1995年にマホロバ・マインズ三浦にて1泊2日で行われた勤続10年以上の社員を集めた創立記念を祝う会での1コマです。

参考文献:



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