アシストのブログ

  • 社員紹介
2010.11.19

一度外に出て働く意味を見つめなおしたリーダー(古市 靖・営業)

[掲載媒体]INSIGHT NOW!
[日付]2010年11月19日


企業向けコンピュータソフトを販売するアシストは、社長がビル・トッテンという元アメリカ人(2006年、日本へ帰化)であるために、一見“外資系”のように思われるかもしれない。しかし純粋な日本企業であり、社長みずからが「日本式経営」、つまり戦後の日本で多く見られた終身雇用制度による愛社精神の醸造を企業の安定の要だと喧伝してはばからない会社だ。

一度外に出て働く意味を見つめなおしたリーダー

株式会社アシスト
東日本第3支社
古市 靖(ふるいち やすし)

1992年、大学卒業後アシストに入社。営業部門に配属され、2003年8月、自己都合のため退社。 2004年5月、アシストに再入社、営業職で現在に至る。




そのため普通の会社ではあまり見られないことが起きる。例えば、ある社員が辞めたいといえば、普通なら引き留め、しかし一度辞めてしまえば付き合いはなくなるというのが一般的だが、アシストはその逆で、辞職したいといってきたら基本的に引き留めることはない。トッテンいわく「会社の都合でその人の自由を奪うことだから」。

その代わり、戻りたい、と言ってきたら、その人を受け入れたいという部署があれば再入社が可能である。可能というよりも実際約800人の社員のうち30人が、そのようにして会社に戻ってきている。古市靖もその一人だ。

古市は1992年、新卒で入社して以来10年間アシストで営業マンとして働いた。IT業界で営業の経験を積んだ古市にヘッドハンターの声がかかったのは2003年8月だったという。

「仕事に不満はなかったし、給料だって特別少ないと思っていたわけではないけれど、年収を聞かれて答えると、“少ない!その倍はもらえる”と言われて、そう言われたら、えっ、そうなのか、と(笑)」

こうして古市はアシストを辞め、日本市場に参入しこれから拡大を目指すという、ある外資系IT企業に転職した。しかし働き始めて数日のうちに、雰囲気がまったく違うことに気づいたという。

「とにかくアメリカ(本社)の言われた通りにしなければいけない。さもなければクビ。アシストでは、“お客さんにとって何がベストか”を考えながら営業していたのが、急に“目の前の売り上げ”という、数字ありきの毎日。一応チームという名目にはなっていても、個人の競争」

「それが外資スタンダードなのかもしれないけれど、お客さんの都合よりもむしろ、こちらが売らないといけないタイミングに合わせる強引さが必要になる。タイミングが合わなければ、次のお客さんにいかざるを得ない。そうなると、お客さんを大事にして関係を育てていきたい気持ちとは裏腹に関係性は少しずつ希薄になる。お客さんと長い時間軸で誠実に接し続けることが営業方針であった自分に嘘をついて、このまま仕事を続けることはできないとすぐに思った」。

お客さんに最も適した製品を最善の条件で提供することを使命として10年間営業をしてきた古市にとって、外資系企業の営業スタイルは、自分の心に、“不誠実”な場所だった、と振り返る。

「月給は2倍になったけど、社内でも足をひっぱりあって、こうしてずっと競争し続ける、それが一生の自分の仕事だと思うとつらかった。僕は心が弱いのかもしれないけど、もう無理だと」。こうしてアシストを辞めた時の上司だった坂本昌史に電話をかけ、アシストに戻りたい、と相談をする。

「辞めて半年しかたっていなかったが、“アシストに戻って、また営業と技術とアシスタントというチームで働きたい、仕事はお金だけじゃないことがわかった”、という古市の目がキラキラしていて、あ、こいつ変わったな、と思った」と坂本。実は坂本は、古市以外にも2人の社員を再入社させている。「もちろん単なる職探しの一つとしての再入社は認めない。でも相談を受けて会って話をしていると本気で戻りたいのかどうかはすぐにわかる」。

古市の中で、何が、どうか変わったのだろうか。

「率直に言って年収2倍という言葉につられ、お金という価値観が勝って転職したけど、辞める前も僕は誠実に仕事をしてきたと思う。でも、新卒で入社してアシストしか知らなかったから、外の世界を、短い間だったけど経験してこの会社の良さがほんとに、心から、わかった」

坂本は復帰した古市に、あえて辞める前と同じ顧客企業を担当させた。それは同じお客様へ純粋な営業職として向き合えるかを確認したかったからだという。2007年、その企業で大きなシステム案件があり、古市の提案が採用されたが、以後お客様の状況が変わり先送りになった。だが古市はその後もお客様の課題解決に対応できるよう継続して訪問した。

最初の提案から2年後の2008年、その大型案件に再度、古市の提案が採用された。「辞める前の古市だったら、案件が流れた時点であきらめて、愚痴っていたと思う。でも彼はお客様の声に素直に耳を傾けることを続けた。大型システムだったのでカットオーバーまで連日徹夜の嵐だったが、もちろん技術だけでなく、何もできなくても古市も一緒に客先に張り付いていた。お客様を大事にするという思いがそうさせたと感じた」と坂本。結果として古市はその年アシストの営業成績NO.1として表彰された。

「一度辞めたくせに戻ってきて、調子のいいやつ、と思われることは覚悟しての再入社だったから、とにかく売上を上げて、結果を出そうと思った。再び入社を認めてくれた会社に恩返しをし、後悔させないためには、またその決断をした自分自身に対しても、それしか証明する方法はないと思った」。

再入社して6年半。古市はいま再びアシストでチームのリーダーとして後輩を指導する立場についている。部下が辞めたい、といったらどんな助言をするか。「自分の体験を話すけど、止めないと思う。自分がそうだったように、経験しないとわからないことはたくさんあるから」

いま、古市にとって“働く”ということはどういうことなのか。

「働く、とは、誰かの役に立ってることを実感すること。自分や他人に嘘をつくことなく、毎日を気持ちよく過ごすこと。給料の多い、少ないという優先順位はずっと下のほうになった」

「僕が一人でがんばって僕の売上をあげることも大切。でも僕一人だと能力の限界、売上の限界がある。これからは周りも含めて自分の限界を超えた結果が出せるように、チームメートと協力して、全体としての総和が増えるような、そして自分自身の満足度も上がるような、そんな仕事がしたい」。

再入社を認める会社についてどう思うか、と聞くと、「心が広い。懐が広い。それしかいいようはない。アシストはリストラもしないし、再入社も認めるし、なんて甘い会社なんだろう、と思う人もいるかもしれないけど、でも誤解しないでほしい。それは甘く、厳しさがないということではない」

「例えば営業会議で数字が挙がらないからと、罵倒したり個人攻撃したり、と、そういうことがない会社ということ。でも会社が言わなくても、自分自身の中でスランプの時は悩んだり落ちこんだりして苦しむ。結局自分を厳しく律するのは自分であるべきだし、前向きさや向上心、熱心さ、というものは押し付けられるのではなく、自ら湧きでた時に一番成果を出すものだから」。

リストラとか、競争とか、能力主義とか、アメとむちで伸びる人や会社もあるだろう。隣の芝生に飛び出てしまうと、そこが青くなかったとしても戻ることは難しいのが普通だ。でも飛び出して、やっぱり自分の芝生がよかったと気づいて戻れれば、飛び出す前の、何倍も、会社にも、本人にも良いことがある。

(文責: 株式会社アシスト 広報部 喜田 真弓)

  • 掲載内容は取材当時のものです。

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