TOP>セミナー/イベント>開催報告>特別講演 原 晋 氏 「フツーの会社員だった僕が、青山学院大学を箱根駅伝優勝に導いた47の言葉 ~ 人と組織を強くするビジネス・メソッド ~」

特別講演 原 晋 氏 「フツーの会社員だった僕が、青山学院大学を箱根駅伝優勝に導いた47の言葉 ~ 人と組織を強くするビジネス・メソッド ~」

アシストフォーラム 特別講演 原 晋 氏

Guest Speaker

青山学院大学 特別研究員 陸上競技部監督
原 晋 氏


青山学院大学 体育会陸上競技部 長距離ブロック監督。1967年、広島県三原市出身。世羅高校を経て、中京大学に進学し全日本インカレ5000mで3位入賞。卒業後、陸上競技部第1期生として中国電力に進むも、故障に悩み、5年目で競技生活から引退。95年、同社でサラリーマンとして再スタートし、電気の検針や料金の集金などの業務に就く。その後、営業マンとして新商品を全社で最も売り上げ、ビジネスマンとしての能力を開花。陸上と無縁の生活を送っていた2003年、長年低迷していた青山学院大学陸上競技部の監督への就任話が舞い込む。選手として箱根駅伝出場などの華々しい成績や指導経験がなかったものの、3年契約で監督に就任。しかし、契約3年目での箱根出場を逃し監督辞任のピンチを迎えるが、ビジネスで培ったプレゼン力で猶予を得て、09年に33年ぶりの箱根駅伝出場を果たす。以後、8年連続出場。15年には、青学史上初となる箱根駅伝総合優勝に導く。16年には、箱根駅伝2年連続総合優勝および、39年ぶりに、1区から10区まで一度も首位を譲らない完全優勝という快挙を成し遂げる。ビジネスの経験を生かした「チームづくり」「選手の育成」で陸上界の常識を破り、快進撃を続ける。
≪著書≫ 『魔法をかけるアオガク「箱根駅伝」制覇までの4000日』『逆転のメソッド 箱根駅伝もビジネスも一緒です』『フツーの会社員だった僕が、青山学院大学を箱根駅伝優勝に導いた47の言葉』

覚悟と挑戦

広島県立世羅高校、中京大学を経て、中国電力陸上部1期生として12年間陸上競技を続けられた原氏。真剣に陸上競技に取り組んでいたのは高校時代の3年間だったのではないか、と振り返る。全寮制、日本一厳しいチームでのトレーニング。幾度となく挫折を味わったが、自身の意思で覚悟を持って進路を決定したせいか、最終的には全国高校駅伝準優勝のキャプテンを務めることができた。

就職1年目、右足首捻挫が原因でわずか5年で陸上を引退。自分自身にプロ選手としての覚悟が足りなかったと回想する。陸上引退後は経験のない営業部へ配属され一から学ぶことになったが、社内公募制度に手を挙げ実績を上げる。その後、新規事業立ち上げに抜擢されベンチャー立ち上げに成功。こうしたサラリーマン時代のノウハウを陸上競技部の指導に利用している。

より良い組織作りが、より良い人材を育てる

青山学院陸上競技部就任後5年目で、33年ぶりに箱根駅伝へ出場。翌年からはシード権を獲得し、11年目で優勝へと導いた。さらに翌年、完全優勝。監督生活12年間を振り返り、チーム作りは4つに分類され変遷してきたと語る。初期には上意下達の指導で長距離走の核となる「規則正しい生活」を徹底させ、同じベクトルに向かわせる。少しずつ組織化されてくる自覚期を経て、キーワードを投げかけ考えさせるコーチング期には繰り返し理念を伝え、最終的に外部も巻き込む支援型の運営組織へと成長させた。

無駄を学ぶ

多くの出来事はすぐには役に立たない。一方、すぐに役に立つものはすぐ役に立たなくなる。スポーツとは無縁のビジネスマンとして過ごした10年間の取り組みやノウハウをスポーツの世界で置き換えて考えることができる。決して無駄な10年ではなかった、とようやく思えるようになったと語る原氏。前向きに生きていこうではありませんかと結ばれた。

関連記事


アシストフォーラムに関するお問い合わせ

資料請求/お問い合わせはこちら(専門の担当者が確認し、ご対応します。)

お気軽にお問い合わせください。


Facebookで情報をお届けしています

Facebookでは、アシストの「今」を週3回のペースでお届けしています。「めげない、逃げない、あまり儲けない」を合言葉に日々頑張っておりますので、応援よろしくお願いします。



ページの先頭へ戻る