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アシストの強みは顧客対応DNA

アシスト・ストーリー アシストの強みは顧客対応DNA

アシスト設立当初から脈々と受け継がれてきた「顧客対応のDNA」は技術サポートと研修がベースとなっている。

全国に営業所を展開し、アフターフォローを充実

情報処理システムの進化と共に、ソフトウェアも目覚ましい発展を遂げてきた。事業の安定拡大を図る企業にとって「情報」の管理と活用はますます重要になり、時流の変化に合わせた対応が必要だ。情報処理システムが導入された当初、多くの企業は自社でスクラッチ開発を行っていた。しかし、技術の進歩に人材育成や雇用が追い付かず、すべてのソフトウェアを自社開発することは人員的にもコスト面からも不可能になった。トッテンはまさにこの点に着目してパッケージ・ソフトウェアを専門に取り扱う「株式会社アシスト」を設立した。

こうした情報処理システムの置かれた情勢が後押しとなり、パッケージ・ソフトウェアを提供するアシストは多くの企業から支持をいただけるようになった。全国のお客様にサービスを提供するために、大阪営業所(1978年)、名古屋営業所(1982年)、福岡営業所(1987年)、札幌営業所(1990年)と次々に営業所を開設し、さらに金沢に北陸営業所(1997年)、仙台に東北営業所(2001年)と営業所を増やし、現在では宇部サポートセンターを含めると10拠点にも及んでいる。


パッケージ・ソフトウェア販売は「信用を売る」こと

アシストが販売しているのはパッケージ・ソフトウェアだけではない。創業時より、パッケージ・ソフトウェアの販売は「信用を売る」のと同じことであると捉えている。そのため、ソフトウェア納入後、ユーザがいかにうまく活用できるかを考え、アフターフォローの拡充に力を注いできた。

EASYTRIEVEやFOCUSなど製品単位の部門では、「動かない」「使い方がわからない」といったユーザからの問い合わせに即座に対応できるよう、技術者がローテーションを組んでオフィスに待機し、電話でらちが明かない場合には客先へ飛んでいくという対応を行ってきた。また、インターネットが普及する前は、社内に技術者がいない時間帯に起こるトラブルに備えて転送電話を利用し、技術対応のできる社員へ連絡がつくようなフォロー体制が取られた時期もあった。

パッケージ・ソフトウェアだからといって、売って終わりではない。販売してからの対応こそがお客様の信用を得るためには大切なのである。顧客対応DNAの両輪の一つ「サポート」はこうして形成されていった。


廉価なパソコンソフトへもサポートを提供

アシストで最初に「サポートセンター」の名称を冠してサポートを開始したのは、パソコンソフト・ビジネスに参入した1989年である。テスト利用、インストール、教育など幅広いサポートが欠かせないメインフレーム用ソフトウェアと異なり、パソコンソフトは電話サポートが中心だった。廉価なパソコンソフトに対しても人件費のかかるサポートを提供したのは、メインフレームで培った「ユーザを大切にすることが信用につながる」という考えからだった。

不特定多数のユーザから寄せられるパソコンソフトへの質問には、当時50名以上いた営業マンがローテーションを組んでサポートを担当した。虎ノ門にあった本社ビルには「PCプラザ」を設置し、誰でも自由にパソコンソフトが試用できるスペースも提供した。その後、PCプラザは大阪、名古屋、京都、広島にも設置された。


サポートセンターの誕生

初期の幕張サポートセンターの様子
初期の幕張サポートセンターの様子

1993年、株式会社オラクル(アシストから分社化された会社、分社制についてはエピソード6を参照)の事業所があった幕張に「サポートセンター」を新設した。当時、株式会社オラクルの社員数は約50名、そのうち約10名の技術者が交替して電話で質問を受け付けた。

1998年、ミッション・クリティカルな質問が多く寄せられるOracle Databaseに関して24時間電話サポートの提供を開始した。2000年、フィールド技術と兼務ではないサポート専任の担当者で構成されたサポートセンターが虎ノ門と幕張オフィスで創設された。総勢60名ほどの社員が配属され、Oracle Databaseの他、複数製品の電話サポートを行った。その後さらにサポートセンターは拡張され、2003年に大阪、2007年には宇部、そして2012年には名古屋に開設された。


サポート・サービスの安定提供を目指したグループ会社の設立

大塚辰男とビル・トッテン
大塚辰男とビル・トッテン

2012年、アシスト創業以来、代表取締役であったビル・トッテンが会長となり、新社長に大塚辰男(現 代表取締役社長)が就任した。大塚は、2011年に起きた東日本大震災を教訓に、BCP(事業継続計画)の観点から継続したサポート・サービスの安定提供のために新サポートセンターの設置計画を打ち出した。リスク面で大きな自然災害が少ないことから札幌市に白羽の矢が立ち、新たに電話サポートを主業務とするグループ会社として2013年1月に「アシスト北海道」を設立した。

アシスト北海道
アシスト北海道の社内の様子

現在は東京、大阪、名古屋、宇部、札幌の5拠点で約170名の専任スタッフが常駐し、24時間365日サポート対応を行っている(※)。サポート対応製品はOracle Database、JP1、WebFOCUSをはじめとする50製品以上、各製品ごとに専任スタッフを配備し、お問い合わせ対応数は年間3万件以上にものぼっている。

※ 24時間365日サポートは一部製品のみであり、利用には契約が必要。


もう一つの要、研修

研修講師

顧客対応DNAの両輪のもう一つは研修である。アシスト設立当初、トッテン自らも研修の講師を務めたことがあるほど、教育がユーザにとって欠かせないものであることを熟知していた。早くからEASYTRIEVEなどの主要製品の研修は定期的に行っていたが、1985年からは教育部としてFOCUSの定期研修コースの提供を開始し、1987年からはOracle Databaseの研修も開始した。

1999年にはJP1の研修も始まった。これらを総合的に提供していくために2000年5月、教育部が発足した。アシストの研修サービスの特長は、ビジネスの実用に特化したオリジナルな研修を提供していることにある。ソフトウェアを開発していないからこそ、アシストは製品の活用そのものに注目しているのだ。お客様への技術支援やサポートを通して得たナレッジやノウハウを体系立て、テキストに集約し、独自の研修プログラムを作成している。


研修風景

現在、研修は市ヶ谷、名古屋、大阪、福岡、札幌の各営業所で定期的に開催している。また、複数コースを組み合わせたり、日程や会場が合わないといったご要望にお応えするオンサイト・コースも実施している。

現在では、年間受講者は2,000名以上、オンサイト・コースは年間50社以上の実績がある。


受け継がれるアシストDNA

国内外よりお客様視点で選んだ優れた「ソフトウェア製品」を中心に、対応の速さと回答の精度に重きを置く「技術サポート」と、基礎から実践まで様々なコースを備えた「研修」を提供することをアシストの強みとして位置付け、取扱製品や研修内容が変わっても「お客様の信頼に応える」アシストの顧客対応DNAは、これからもアシスト社員の間に脈々と受け継がれていく。


  • タイトル写真はアシスト市ヶ谷本社内にあるサポートセンターの様子です。多くの社員が常駐し、お客様からのご質問に対応しています。

参考文献:



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